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「はい、皆さん第一印象カードは出しましたか? これから集計しますのでしばしご歓談ください。マッチングした方にはこっそりお伝えします」
第一印象カードを回収した愛美が廊下へと出ていく。
ここから先はフリータイムとなり、残り少ない時間で意中の相手にいかにアプローチするかが重要になる。
その静かな戦いは実に熾烈で、良物件に殺到した人々がプライドを捨ててアピール合戦を展開するのだ。私はひそかに在庫品(アウトレット)のバーゲンと呼んでいる。
戦いの最後に待ち受けるのは運命のマッチングタイム。
異性の番号に1~3の優先順位をつけ、ひとつでもマッチングしたらカップル成立としてみんなの前で祝福される。
(うわ、ミネラルウォーターのところ混んでる)
居酒屋が会場であれば五品ほど食べるものが用意されるけど今回はホテル。部屋の隅にはウォーターサーバーが置かれているだけだ。
ずっと喋りっぱなしだったせいですぐにでも水が欲しかったけど、参加者たちが密集しているので割り込めそうになかった。
それもそのはず。
「春山さんお話しませんか!?」
「秋田さん筋肉すごいですねー」
「冬木さんいまどんな勉強しているんですか?」
水をとりにきたイケメントリオに女性参加者が群がっている。その目は活き活きしていた。
バーゲン品の中に思いがけずエルメスやヴィトンが混じっているようなものだからね、そりゃあ競争率高いですよ。
(仕方ない、我慢しよう)
そう諦め、だれもいない椅子に腰かけた。
ふだんの私なら他の参加者を押しのけてでも水を取りに行っただろう。マッチングしない前提だからどんなに嫌われても構わないのだ。
だけど今回はやらない。
あの三人の前で醜い姿をさらしたくない。
(意識するなんてバカな私)
彼らの私への態度はきっと社交辞令だ。彼らはとても優しく、ふつうの人なら毛嫌いするような私にも分け隔てなく接してくれただけだろう。
それを「好意」だと勘違いしてしまうくらい私は飢えていたのだ。
(いい夢見させてもらったよ。満足満足)
お腹は空いているはずなのに何故は心は満たされていた。
心って案外チョロイのね。
「景子さん、いいですか」
横から名前を呼ばれた。まさか!と思って首をまわし、一瞬で落胆する。
夏川さんだ。
「どうも」
顎を引くように挨拶される。
「ええ、どうも」
「隣いいですか?」
声をかけられた以上無視するわけにもいかず、仕方なく手で示す。
「どうぞ。他もいっぱい空いてますけど」
「どうも。ここがいいんです。よろしければこれどうぞ」
そう言って差し出されたのは紙コップだった。焙煎したコーヒーのいい匂いがする。
思わず夏川さんを見返してしまった。
「これどうしたんですか? コーヒーなんて置いてなかったですよね?」
夏川さんは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたって、ホテルの廊下にあった自販機で買ってきただけですよ。この室内にあるものしか飲んじゃいけないなんてルールないですよね」
言われればそうだ。
けれど誰ひとりとしてそのことに気づいていない。
彼以外は。
「ところで、景子さんはどうして婚活パーティーに来たんですか?」
「いきなりなんですか。出会いを求めてに決まっているでしょう」
「ふぅん、自己紹介が三分。フリータイムがせいぜい三十分。そんな短い時間で相手のこと分かりますか?」
もっともな意見だけど、それを言ったら『出逢い』の場を提供する婚活パーティーというビジネスが成り立たない。そこから先は各々の努力次第なのだ。
「いいじゃないですか。嫌なら来なければいいんですよ」
どうしてこんな当たり前のことを諭さなければいけないんだろう。
「で、いい人いました?」
「ある方以外はみんな良かったです」
「へぇ、相当な変わり者がいたんですね」
あんたですよ、あんた。
いっそ鼻先に指つきつけて指摘してやろうと思ったけど、まだ羞恥心の方がまさっていた。ほんと私らしくない。
「あの三人、モテモテですね」
ちびちびとコーヒーを飲んでいた夏川さんがぽつりと言った。
ただあまりにも感情が入っていないのでデート中に気まずくなって「海が大きいですね」「星がきれいですね」と言うのと似てる。
「まぁカッコイイですしスペックも高いですからね」
「景子さんもあの中の誰かとマッチングしたいと思います?」
「もちろん。でも分不相応って言葉は知っているつもりです。私の太い腕でヴィトンを持っていたところで、ヴィトンの価値がさがるだけですよ」
「ヴィトン……? よく分からないですけど、金さえあれば誰だってヴィトンを買えますよ?」
「だから、そのお金にかわる魅力がないって言ってるんですよ。私は自分がどれだけブスで、周りからどう見られているかイヤなくらい分かっています」
夏川さんは不満そうに紙コップを噛み、乱暴に足を組んだ。
「よく分かんねぇな……」
悪態をついているんだろうけど、なぜか目が離せない。
「景子さんってホント何しにここ来たんです? 欲しいものを遠くから眺めていたって手元に転がり落ちてきたりしないですよ。自爆覚悟で行けばいいじゃないですか。オレなら絶対にそうする」
あぁもう、うるさいなぁ。
図星すぎて頭が痛いよ。
結局のところ私は運命の相手を探してなんかいない。
自分から動くのが怖くて、強がりを言いながらじっとしているだけなんだ。
夏川さんは私の深いところを確実にえぐってくる。
「女性の11番さーん、ちょっと、いいですか?」
夏川さんといるのが辛くて席を立とうかと考えていたとき、私を手招きする愛美が見えた。
顔がひきつっている。どうしたんだろう。
「ちょっと! 一体なにしたのよ!?」
廊下に引きずり出されるなりものすごい形相で迫られた。
「なにが?」
「なにがじゃないわよ! 見なさいこれ!」
怒りにまかせて突きつけてきたのは三枚の第一印象カード。
それぞれ左上に5、6、12と男性の番号が書いてある。彼らが○(つまり第一印象で好感をもった異性)をつけたのは。
「11番? 私だけ!?」
○は何個つけてもいいことになっているのに、全員が11番だけに○をしている。
つまり一点狙い。
(私を、選んでくれた?)
嬉しいのと戸惑い、その両方が押し寄せてくる。
「信じられない、あんな特上物件がなんで揃いも揃って景子を選ぶわけ? 意味分からない。一体なにで釣ったのよ。お金? 弱味? 色仕掛け? それともサクラだってばらして」
「どれも違うよ。私はいつもどおりに接しただけ」
落ち着きなく髪を撫でる愛美の姿が、見下していた私に逆転された悔しさを表している。たぶん愛美もあの三人を狙っていたんだ。
「景子さん、いますか」
「あ、はい」
部屋の中から名前を呼ばれた。浩太さんだ。
私の顔を見てにっこりと微笑む。
「良かった。こっちで話しませんか? いいですよね、係員さん」
口惜しそうに歯噛みする愛美。
イベント会社側の人間として参加者同士の会話を引き留める理由はない。
「どうぞ、手を」
そっと差し出された手は思ったよりも大きい。
私はそこにハムカツのような手を重ね、人生で初めてエスコートされる経験をした。
どうしよう、ニヤニヤが止まらない。
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