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「おれが景子さんと話すんだ」
「引っ込んでろ、俺が先だ」
「きみたちは醜態という言葉を知らないのかい? 景子さん、ぼくと向こうで話しませんか?」
一体全体どうしてこんなことになったんだろう。
目の前では三人の男性が私を巡って争っている。
数時間前まではまさかこんなことになるとは思っていなかった。
「あ、あの、私のためにケンカするのはやめてください」
こんなクサいセリフ、ドラマの中の、しかも美女の口から出るものだと思っていた。
私なんかが言ったら大気汚染にならないだろうか。
あぁ、だけど、どうしても顔のニヤニヤを抑えられない。
恋愛とは無縁の私を三人、しかもそれぞれに立派な仕事に就いたイケメンが奪い合うだなんて。
どうしてこんな奇跡みたいなことになったんだっけ……。
※
桜もすっかり青くなったゴールデンウィーク最初の土曜日。
イベントの受付開始30分前に会場に到着し、トイレの鏡で身だしなみを整えているとヒールの音が響いた。
姿を見せたのはスレンダーなパンツスーツが印象的な美人、私の顔を見て扇のような睫毛を上下させた。
「やっぱり! ふがふが鼻息がするから景子だと思った!」
彼女は高校時代の友人、愛美(あいみ)だ。
私と同い年の32歳。バツイチで子どもは二人。
婚活イベントを主催する会社、ラブピース・ベリマッチの職員であり私の雇い主でもある。
受付係でもある愛美は私の隣に立つとブランドものの化粧ポーチを開いた。
「今回女性の集まり悪くてさー、やっぱり居酒屋の飲み放題じゃなきゃダメみたい。ほんと助かるぅー」
今日の会場は中規模チェーンホテルの小会議室だ。飲み物はミネラルウォーターのみ。
『出逢い』に外聞を求める参加者に配慮したせいで参加費は少しお高めの女性二千円、男性八千円。
私にとっては千円であってもお金と労力をかけて『出逢い』を求めてやってくる男女は奇妙なものではあるけれど、それも一つのビジネスなのだと納得している。
「で、今日の参加者は何人くらいなの?」
ビジネスである以上、旅行と同じで「最小決行人数」というものがある。
参加費+交通費+事前準備という代価を払って会場に来てみたら異性の数が極端に少ない。そんなことになったら非難轟々。その上「及第点」がいなかったら最悪だ。口コミでぼろくそに叩かれる。
「男性は15人、女性は景子を含めて13人。募集は25人ずつだったから相当少ないけど、なんとかギリギリGOできるよ」
運営会社としては人数が満たない場合はイベント自体をキャンセルせざるをえず、参加者への返金や会場へのキャンセル料の支払いなど面倒な処理が発生する。
そんな事態を避けるために招集されるのが私のようなサクラだ。報酬一万円、会費は無料、交通費は別途もらえる。
私のようにお小遣い稼ぎ感覚で参加する者もいれば、空き時間の多い主婦、アルバイトとしての大学生、恋愛や異性に興味がない人など様々な人間がイベント内容にあわせて招集される。
「あーいいねぇ、垂れ下がった睫毛に濃すぎるアイライン、真っ赤な口紅に染めてない白髪。極めつけは花柄のワンピース! いいねいいね、ブスがブスなりに頑張っておしゃれした感があって最高だよ。あんまり手抜きすぎると口コミに書かれるからこれぐらいが丁度いいよ」
愛美は鏡越しにしげしげと私の顔を凝視した。
絶賛。……なのだろう、サクラとしては。
でもちっとも嬉しくない私は愛美のでっかい目から顔を背け、丁寧に口紅を塗り直した。
「で、今回はどんなイベントなの? 前回みたいな趣味コンじゃないでしょうね。知らないアニメの話ばっかりされてホント困ったんだから」
イベントの内容や対象年齢層は毎回ちがう。
『猫好き集まれ!』なら猫のことをある程度知らなければいけないし、『再婚したい!』なら架空の旦那を想定していかなければいけない。サクラだとばれないようできる限り予習しておきたい。
それなのに愛美からの誘いはいつも急だ。
募集の締め切りが開催日の前日もしくは当日の早朝だったりするので、近場で土日はヒマな私に声がかかる。
「んーとね」
愛美はずいぶん念入りに化粧を直している。
子持ちとは思えないスタイルを維持している愛美は高校時代からモテモテだった。私が似ても似つかない某有名女優さんの親戚と言っても差しつけないくらいの美人だ。
参加者から連絡先を渡されることもあるらしく、左手の薬指にはキラッキラの指輪がはめてある。魔除けなのだという。
「つい最近元号が変わったでしょう? だから女性は25~30歳、男性は30~35歳を対象にした『昭和世代から平成世代へ語り継ぐ!』ってイベントだよ」
なんじゃそれ。
「参加者の半分は常連(リピーター)だから流れも分かっていると思うし、いつも通りにしてくれればいいから。ハイこれ、書いておいたよ」
手渡されたのは今回のイベントで使うプロフィールカードだ。最初の自己紹介タイムのときに男性と交換してお互いの情報を確認しあう。
サクラである私の場合は愛美があらかじめ用意してくれていて、そこに書かれているのが「今回の私」である。
「……ねぇこれちょっとひどすぎない?」
ざっと目を通した。文句を言わずにはいられない。
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