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午後一時半。受付開始。
喫茶スペースで時間を潰した私は10分待ってから受付に向かった。
「こんにちはー、小川です」
「いらっしゃいませ、こちらで受付させていただきます」
係員である愛美にあたかも初対面のように近づき、身分証明書と会費二千円を払って(あとで報酬とあわせて返金される)番号札11番とプロフィールカードをもらう。会場に入り、カバンから筆記用具を取り出すふりをしてカードを記入済みのものに差し替えた。
会場の設営は毎回違うけれど、今回は円形に並べられた二重の椅子に男女が向き合う形で着席するスタイルだった。
指定された席に座り、プロフィールカードの記入に悩んでいるふりを装いながら今日の参加者を確認する。
男性は30~35歳という年齢設定なので比較的落ち着いた雰囲気の人が多く、ちらほらスーツも見える。
対する女性は公務員系の大人しい子もいれば保育士さんと思われる朗らかタイプ、友だちに付き合わされた感満載のやる気ない黒髪系(意外とそういう子がモテる)、茶髪のそこそこカワイイ系が揃っている。
うん、悪くない。むしろ当たりの回だ。ひどいときはほんとにひどいから。
今回の女性メンバーで「地雷」は私だけだろう。
(ならば)
ひととおり面子を確認したところでわざとキョロキョロしはじめた。
初参加とうたっておきながらあきらかに品定めをしている「常連」の「イヤらしい女」とアピールするのだ。
理由は二つ。
時たま私のようなぽっちゃりを好きになる変わり種がいるので好意がこちらに向かないよう牽制しておかなければならないのと、じつは私なりの愛美への仕返しだ。
(お、気づいた気づいた)
男性と目が合ったらプロフィールカードで口元を隠しながら「ぶふっ」と含み笑いをしてみせれば完璧。大抵の男は得体のしれないものに遭遇したような顔をしてさっと目をそらす。
私は鼻から上のパーツだけでも相手に鳥肌立たせることができるのだ。
だれだって気色の悪いムカデよりは美しいチョウを視界に入れたいだろう。
そうして必然的に他の女性に意識を向けるようになればマッチ率が増加する。すると常連客(リピーター)がいなくなる。参加者が減れば新規さんを入れるために愛美の会社はお金をかけなければいけない。
だからこれは回りくどい仕返しなのだ。
今回もセオリーにのっとり、目が合った男に片っ端から含み笑いしてみせた。すぐに反応がある。
「……きも」
目をそらされてもやりつづけるのが肝だ。ここで挫けてはいけない。
(なんだかな、本当は泣きたいよ)
サクラのために私はどんどん女を削っている。厚塗りした化粧の下では涙すら枯れている。
(……あ、カッコイイ)
開始5分前。会場に現れた男性に目を奪われた。
一見して良いものと分かるスーツ、すらりと高い背に長い足。顔は小さく、鼻梁も整っている。
周りの女性たちもプロフィールカードから顔を上げて彼を見ていた。なんといっても独特のオーラがあるのだ。
何度か出席していると分かるけれど、婚活パーティーは言わば「ダメ人間」の百貨店だ。
周りの結婚ブームに乗り遅れる、自分はまだ大丈夫と現実から目をそらす、好意に気づかない、自分に自信がない、勇気がない……とにもかくにも劣等感の塊であることが多い(時々「恋人」を探しに来る二十歳そこそこの若者もいるが)。
新鮮さを失って腐臭さえ漂いはじめたこの集まりに、時たまこんなフレッシュな人間が現れることがある。ほっといても女性が殺到するだろうにわざわざ参加費を払ってまでやってくるのだ。
だけどうっかり心を許してはいけない。
こういう男性には一見すると分からない裏があったりするものだ。
重度のマザコン、高すぎる理想、借金、セフレ探し。あるいは禁止されているセールスなんてことも。
いずれにしてもサクラである私には関係ないんだけど。
「おれの席は……あぁここか。よろしくお願いします」
高そうなスーツに6番という札をつけた彼は私の前に座った。
私は早速軽く会釈をしつつ、鼻を膨らませて渾身の笑いを披露してみせた。
(どう、最高に気持ち悪いでしょう?)
彼は一瞬不思議そうな顔をしたけれど、何故か目をそらさない。
「なにそれ、変な顔」
どきっとした。
とても優しい声で笑ってくれる。
こんな私に。
「それでは時間となりました。これよりイベントを開始させていただきます。まずは全員と三分ずつ自己紹介をお願いします、三分経ちましたら合図しますので男性の方はお手数ですが席のご移動をお願い致します」
愛美のコールでイベントが始まる。
「はじめまして、よろしくお願いします」
さわやかな笑顔とともに6番の彼がプロフィールカードを差し出してくる。
「は、はい」
カードを交換するときの私の指はかすかに震えていた。
とくとくと、心臓が鳴る。
私の胸は、いつにない緊張と高揚感に包まれていた。
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