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6番のプロフィールカードはこうだ。
名前:春山浩太
ニックネーム:ハル、コータ
年齢:33歳
血液型:A
職業:証券会社勤務
学歴:院卒
趣味:登山、旅行、映画鑑賞
住所:一人暮らし
家族構成:父母兄弟
ペット:猫二匹
休み:土、日、祝日
休日の過ごし方:ドライブ
相手の条件:笑顔がすてきな女性
一言:将来のことを一緒に考えてくれる女性を探しています。よろしくお願いします。
(これは……すごい)
婚活パーティーではめったにお目にかかることのないSランク(勝手にそう呼んでいる)参加者だ。
ドバトの中の白鳥、石ころの中のダイヤ、ブルドッグの中のゴールデンレトリバー……。いくらでも例えが出てくる。要はあまりにも場違いなのだ。
これだけのスペックにこの容姿ときたら次から次へと女性が群がるだろうに、こんな場にいるということはやはり別の問題があるのだろう。またはプロフィールカードの中身が丸々虚偽とか。
「はじめまして、浩太って呼んでください。こういう場初めてなので変なこと言ったらごめんね」
自然な笑顔に適度にくだけた話し方。
初っ端から好感度高いわ。
「はじめまして、小川景子です」
「小川景子さんか。いい名前だね」
「そんなことないですよ。一字違いの女優さんと比べられて笑われてばかりです。ほら、こんな見た目だし」
「どうして? おれは好きだけどな」
きたよ、きた。
『おれは好きだけどな』口撃。
お世辞だと分かっていても胸の奥が震える。
「へぇー、景子さんはコンビニで働いているんだ。すごいね、見た目以上に肉体労働だろう? どこのコンビニ?」
「あ、日暮里のあたりです。家から近いので」
「そうなんだ。おれはいつも日本橋のコンビニ使うんだけど、今度仕事回りのついでにそっちにも行くよ」
大手証券会社の存在を匂わせつつ「外でも会いたい」アピールをしてくる。
すごい。慣れてる。
でもこんな人が婚活パーティーにいるはずがない。
きっと何かある。
「浩太さんってお話が上手ですね。とても慣れている感じがする。すごく変なこと聞くんですけど、どうしてそんな人がここに?」
一瞬浩太さんが目を瞬かせた。
直球すぎたかな。
「最近まで北陸のほうの支店にいて、この四月にやっと本社に戻ってきたんだよ。もう33歳だしそろそろ身を固めなくちゃと焦ってて、たまたま目についたこのイベントに思いきって申し込んでみたんだ」
うん、完璧な回答だ。
どこもおかしなところはない。
そのうえ、本社に戻ってきたということは将来の幹部候補生かも……と期待を抱かせる。
だけどまだあやしい。
「結婚を焦っているのはご両親のためですか?」
マザコン、あるいは両親が高齢で介護が必要なのかも。
「ううん? おれのためだよ。両親はまだ現役で働いているし、兄に五人目の子どもができたから孫はもういらないって言われているけど、見ていたらやっぱり可愛いなって思うし、それなら素敵な女性と結婚したいじゃん」
きゃー、子ども好きアピールきたー。
それめっちゃポイント高いやつじゃん。
「なんかさ、憧れなんだよね。休日に親子で公園に出かけるの。おれ料理するの好きだから子どもや奥さんが好きなもの弁当にたくさん詰め込んで、太陽の下でのんびり遊んだり昼寝したいんだ。スローライフっていうの? いいなぁって思うんだ。景子さんはどう?」
「いいですね……私も、憧れます」
料理できる。
お金かけなくてもいい。
スローライフ。
ダメ押しの追加点だよ。
スリーポイントだよもう。
あまりにもポイントが高すぎて人間じゃなく見えてきた。
「神」って呼ぼうかな。
「でもひとつだけ女性に求めるとしたら『たくましさ』かな」
「というと?」
「恥ずかしいんだけど虫が苦手で、模様がグロテスクだったり脚が多かったりとかほんと勘弁。台所や風呂場に出たら悲鳴あげると思うんだ。だから退治して欲しい」
それキュンってするやつ。
母性本能くすぐられるやつ。
「あと一分で―す」
愛美が時計を見ながら声をかける。
すると浩太さんが一層身を乗り出してきた。
「さっき、変顔してくれたじゃん」
「あ、はい」
私にとっては普通顔の延長なんだけど。
「来たとき結構緊張していたんだけど、あの顔みて落ち着いたんだ。景子さんが最初の人で良かった」
なんつー笑顔。
ダメだよ、こんなの。
ダメ。
もう恋なんてしないって決めたのに。
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