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列強諸国
ミックスワールド条約によって各国では戦争禁止の制約が付き、世界には平和が訪れた。
残念ながら、それは表向きの平和である。
大竜帝国は条約が結ばれてからも急速に軍備を増強していった。
ハーフリングを征服した勝利への酔いと、大竜帝国が世界一の大帝国であるという慢心から、ドラゴニュートどもは条約を護る気などさらさらなかったといえる。
大竜帝国はさらなる国力増強のため奴隷制の採用を認めた。
ここで奴隷にするにふさわしいと目を付けられたのが……"コボルト"である。
コボルトはハーフリングと同じ、むしろそれよりも小さい、120cmもあれば長身な種族。犬のような見た目をしており、知能や器用さこそあれど身体能力は極めて低く、また文明レベルもドラゴニュートより劣っていた。
ドラゴニュートは豪華な鋼鉄の鎧と武器に身を包んでいたというのに、コボルトはいまだに木の槍を使っていたのだから。どうやってもドラゴニュートには勝てない。
彼らは国というほどのスケールの集まりはもたず、森の奥や大竜帝国都市から遠く離れた場所などに小規模な村などをたくさん形成し、特に略奪や襲撃などは起こさず平和に暮らしていた。
そう、大竜帝国領内に。
もちろん、ドラゴニュートたちが勝手に決めた国境線の中に入っていただけであり、コボルトたちにとっては知ったことではないのだが。
しかしただでさえ弱い上にコボルトに大竜帝国に立ち向かうような抵抗力はなかった。
ドラゴニュートたちは「我が帝国の領土を不当に占領している」と言いがかりをつけ、何も悪いことをしていない領内のコボルトたちを弱小魔物扱いし、片っ端から拉致。
拉致してきたコボルトは安価な奴隷として働かせた。
少ない食事でドラゴニュートよりも強い繁殖力を持ち、すぐに成長するコボルトは大量動員にもうってつけだった。
最初、コボルトたちはブラック企業などとは比べ物にならないほどの重労働を強いられていた。
労働時間は1日16時間近くになり、食事はドラゴニュートたちの食べ残し。賃金など当然発生せず、ケガや病気で動けなくなった場合には即座に処分される。
酷い場合にはドラゴニュートの監督官に見張られ、食べること、寝ることすら許されず、動けなくなるまで24時間ノンストップでひたすら働かされた者すらいたという。
当然、コボルトたちには次々と過労死や事故死、自殺者が出た。中でも一番多かったのは脱走者だったという。
やたら数だけは多く、いなくなれば簡単に補充できるコボルトたちの数を、ドラゴニュートたちはいちいち点呼で数えることも、脱走した者を追いかけることもあまりしなかったからだとか。
人権のかけらもない扱いだが、当然ドラゴニュートはコボルトを人権を与えるべき存在とは思っていなかった。
いくらでもある道具、いや、もはや害獣の数減らしくらいにしか思っていなかっただろう。
さすがに死者や脱走者が多すぎたせいか、次第にこの労働時間はわずかずつ緩和されていった。
それでも彼らは被支配者層として生かさず殺さずのブラック企業ばりの労働形態を強いられていたことは間違いないだろう。
コボルトは大竜帝国のさらなる繁栄と引き換えに、代わりがいくらでも効く労働力としてこき使われたのだ。
実際、彼ら奴隷たちの犠牲と引き換えに大竜帝国の経済は急成長を遂げたことを帳簿が物語っていたという。
これが大竜帝国の産業革命となったのだ。
大竜帝国が奴隷をこき使い始めたころから。ミックスワールドの科学技術はどの国も大きく進歩していた。
中世ヨーロッパのような世界は終わりを告げたのだ。
槍の代わりに銃が配備されはじめ、遠く離れた人とすぐに話をかわせる電話が主流になり、馬車の代わりに蒸気機関車が鉄道を走るようになり、工場が煙を吐くようになり、船は鉄鋼で覆われ、飛行船が空を飛び……
これらの発明のほとんどを担い、ドラゴニュート以上に急速に勢いを見せ始めたのは、かつては鍛冶に優れていた"ドワーフ"だった。
鍛冶が発展し、工業となった時代になればドワーフの右に出るものは現れず、ドワーフ率いるヘパイストス王国は製造技術に関してはドラゴニュートをしのぐ力を付けていた。
さらにドワーフを勢いづけたのは、ドラゴニュートのコボルトと同じく王国内に住み着いていた別種族である。
緑色の肌を持ち、その体は地球の人間並みであり、筋肉質な体格。
"オーク"である。
オークといっても弱い集落を襲うような種族ではない。
このオークたちは立派に知能を持ち、犯罪行為は割に合わないという考えを持っていた。
しかも真面目にに仕事をするドワーフを長年見ていたせいか、同じく真面目で頑固で働き者な性格になり、鍛冶技術に興味を持ち、ドワーフとは友好的な関係を築いていた。
ドワーフが力でオークたちを押さえつけるような人たちではなかったことも大きいだろう。
人権度外視の強制労働を課せられたコボルトと違い、オークたちは対等な友人としてドワーフたちに迎え入れられた。
働き者なオーク1人の生産性は、衰弱し、無理矢理働かされたコボルト10人分に匹敵する。数は決して多くなかったが、オークたちはヘパイストス王国の産業をしっかりと支えていた。
ドラゴニュートを支配者層として、コボルトを従える大竜帝国。
ドワーフとオークが手を取り合ったヘパイストス王国。
当時の人に「大国はどこか」と聞いたならまずこの2国が上がっただろう。
そして科学技術が進歩するにつれ魔法でしかできないこと、というのが少なくなっていき、魔法というものがだんだんと軽視されていくようになってきた。
ヘパイストス王国も昔は魔法使いのドワーフというのもいたらしい。
しかしオークと共存し、科学技術の発達した時代に入ってからは大量に工場ができたせいか物質主義な性格になり、魔法は不安定で非効率的と切り捨てられてしまった。
大竜帝国はドラゴニュート自体にほとんど魔力がなく、さらにお国柄として物理攻撃が至上とされ、魔法はオカルトの1種としてとらえられた。もちろん生活や戦闘に生かされることはなかった。
ワールドランナーズのハーフリング、そしてコボルトには魔力を一切溜められない体質らしく、魔法という概念が一切なく、取り入れる気も一切なかった。
唯一、高い魔法適性と大量の魔力を持つエルフは、時代が変わっても魔法を使い続けた。とはいえそのエルフも様々な種族と国交を開いて以来、他国の研究した科学技術を積極的に取り入れた。
エルフだって長々と詠唱を唱えて手から明かりを生み出すよりは電球を使うほうが楽でいいと考えたらしい。
こうしてドラゴニュートの大災害からおよそ400年が経過。
ミックスワールドの文明レベルは地球に相当して20世紀に入ろうとしていた時代の出来事だった。