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謎にハーブいちごジャムを添えて
【1】
白い光の向こうにあるのは、小名木川にかかる『たかばし』から見た、河畔の桜並木だった。いつもの散歩道が、とびきり美しくなる春。祭りのときには手漕ぎ船から桜をながめることもできる。
堀田ヒロはぼんやりと、記憶の中の光景をながめていた。
東京の下町風情が残る街・清澄白河を気に入り、カフェを開いたのは二年前だ。ハーブを使ったメニューが自慢の『ハーブカフェ・玻璃』は、近隣のカフェブームにのっかり、なんとかやっていけている。
今日も通常通り、オープンのはずが。
ヒロはカフェの厨房にしゃがみこんで、頭を抱えていた。
「店長、大丈夫ですか!?」
髪をひとつに結わえた、白シャツに黒エプロンというカフェのユニフォーム姿の女子がヒロの身体を支えている。バイト大学生、桜田絵麻だ。
――アタマ、いてえ。
「救急車、呼びましょうか?」
「い、いや、大丈夫、鍋で頭をぶつけただけだから」
――なんで、鍋で頭を?
床に転がった片手鍋を見て、ヒロは不思議に思う。
「突然、鈍い音が聴こえたと思ったら、店長うずくまってるし。もう、びっくりしちゃいましたよ」
絵麻がホッとしたように笑った。
「あの、さっきから店長って、もしかして俺のこと?」
ヒロは絵麻に合わせて愛想笑いを浮かべた。
「はい。店長の堀田さん、ですよね?」
「俺、堀田っていう名前?」
「やっぱり、救急車呼びましょう」
絵麻がエプロンのポケットからスマホを取り出した。ヒロは慌てて、それを止める。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って。なんか、思い出してきた、俺は堀田だ。店長の堀田。フリーペーパーで紹介されたこともある、イケメンカフェ店長だ!」
ヒロの中で、事を大きくしたくないと無意識の意識が働いたせいか、多少記憶が蘇った。整った顔立ちに、スラリとした体型。イケメンの部類であることは間違いないが、自分で宣うのはいかがなものか。すると。
「本当に大丈夫ですか?」
しかめっ面になる絵麻の足元に、トトトトトと、小動物がやってきた。
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