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「そうは言っても仕込んじゃったしなあ。魔法で賞味期限伸ばせたらいいけど」
今はワケあって部分的に記憶を失っており、魔法らしい魔法は使えない。
【それ以前に、魔法で客寄せできないとなると、この店つぶれるぞ】
毒舌なハリーがニヤリとする。
「縁起でもないこと言うなよぉ」
【現実を見ろ】
ハリーは、キッチン台に置かれたタブレットを器用にタップする。
【赤字まっしぐらだ!】
会計ソフトの画面を見せつけながら、ハリーは怒鳴った。
「うおお」
ヒロはなんでもできるハリーに感心していた。経営不振についてはまだ実感が沸かないようだ。
【このままじゃ桜田のバイト代も出せないぞ】
調子よく売り上げていたときに雇った大学生のことだ。
「それはまずい。で、どうすればいいんだ?」
【とりあえずSNSで拡散しておいた】
今度は、新作メニューである『鉱物スイーツ』の写真がズラリ、タブレットの画面にあらわれた。
「星屑イエローオパールチーズケーキ」
レモンゼリーが添えられた爽やかな酸味が売りのチーズケーキだ。ヒロはその写真を拡大する。
カフェ店内の白い壁際テーブル席で撮影されたようだ。反射光によって美味しそうに見えるには見えるが。
「これ、映えが足りないんじゃないか?」
写真に映り込んでいるのは、木のテーブルと白い皿とチーズケーキだけ。あまりにもシンプルだった。
「窓際のハーブや棚の雑貨も入れたほうが良くない?」
【ああ、そういうの、もうダサいから。これからはナチュラルがいいの】
「え? 盛らないの?」
【終わった、終わった】
「ウソだろ」
二人が言い合っているところでドアが開き、女性客が入店してきた。
浴衣を着た若い女性の手には携帯扇風機。金魚柄も髪飾りもとても可愛らしいが、顔からとめどなく流れる大量の汗のほうが気になってしょうがない。
「いらっしゃいませ」
夏の炎天下を想像してうんざりしながらも、めいっぱい爽やかな笑顔を作るヒロだった。
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