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「ダメダメ、部外者は入ったらダメだよ!」
「あの、俺は林道さんに助けて頂いた者なんです。この上着を返したいんですよ、会わせて下さいお願いします!」
警備員にやっぱり止められたが、俺は頭を下げる。
「ダメなものは」
「俺に何か用事っ?」
警備員の後ろに、私服の林道さんが立っていた。斜めがけの黒いバッグは、あの時と同じものだ。
「りーくん、すみません。この人があなたに会いたいって聞かなくて。
すぐ追い出します」
「俺は、一ツ橋高校の数学教師で小野隆と言う者です!
俺を助けてくれましたよね!?・・あなたにお礼が言いたいのと、上着を返しに来ました!」
警備員に体を掴まれながらも、彼に向かい大きな声で叫んだ。
「その人、入れていいよっ」
楽屋に招かれ、俺は緊張しながら椅子に座る。彼は世界を飛び回る超有名な手品師。
あのハリウッド俳優や歌手も、彼の手品が大好きと聞く。
そんな彼と、俺は会っている。妻も連れて来たかった。
彼は手品の練習をしていた。
ポン、ポン、と色んなものを消したりまたは出現させたり。こんな目の前で見れてるのは本当にすごいことだ。妻にも見せたら大喜びするだろう。
マネージャーだろうか、メガネをかけた男性が俺をじっと見ている。
「ああ、そいつはフジって言うんだっ。気にしなくていいよ」
あっちから話しかけてくれた。俺はフジさんに頭を下げる。
「フジです。」
そう一言話され、手を出された。
俺も立ち上がりニコニコして握手をする。
緊張する手で名刺をもう1枚出しフジさんに渡し、1枚は上着と共に机に置いた。
「小野隆と申します。一ツ橋高校で数学の先生をしています。妻があなたの大ファンなんです。林道さん。」
「一ツ橋高校って言ったらあの名門校じゃん!そこの数学の先生なんだね、すごいなあ!俺も数学大好きなんだ、気が合いそうだねタカシ君っ!
じゃあ後で奥様にはサインでも書くよぉ」
彼はニコニコして俺に話してくれる。手品の練習中なのに怒らないなんていい人だな。
「あの、・・ありがとうございました。あの時は助けてもらって。おかげさまで、怪我はもう何ともないです。」
「いいってことだよぉ。タカシ君。よろしくねぇ。・・俺は林道信太郎。
りーくん、って呼んでいいよ。」
ステッキをクルクルと回しながら、ニコニコして答える彼。
その高い身長、スラリとした体型、短くサラサラした黒髪、長い指に整った顔。
その童顔の純粋そうな笑顔はまるで、ユージのように見える。そして優しい。
妻が彼のファンになるのも納得だ。
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