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「ユキエが家出?」
「はい、小野先生。主人と娘は家出いたしましたので。
一ツ橋高校も退学として下さい」
放課後、俺は父親を説得するためにユキエの家に来ていた。昨日の夜中のことはあまり覚えていない。気がついたらユージが俺をじっと見ていたんだ。
何があったんだろう。・・ユージに聞いてみたいが怖くて聞けない。
いやそんなことよりも。
ユキエだ。
出てきた母親の言葉にメガネをくいと上げた。
隣にいるユージが慌てる。
「あの、娘さんに会わせて頂けませんか?占いで塔のカードが出たんです!
大きな力により何かが崩壊する意味で」
「帰って下さい!」
ユージの言葉に、ピシャリとドアが閉まった。
「何か申し訳なかったな、ユージ。わざわざ来てもらったのに。」
俺は歩くユージに合わせて自転車を押しながら、とぼとぼと道を歩く。
ユージは小さな帽子を直してから、首を左右に振る。
「タカシは、説得しようとしたら数学しか出てこないからね。
話術なら僕が上手いから、大丈夫だと思ったんだけど。
僕の方こそごめん」
「いいんだ、俺が永遠に円周率言うよりマシさ。」
それしか手がなかったし。
「タカシ、飲みにでも行かない?
美味しいおでん屋さん知ってるんだ。」
ユージが俺に笑いかけた。
「ああ。行くか。」
俺も笑い、自転車を押した。
真っ黒い影が、俺達を見ているのに気がつかずに。
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