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「児玉ぁ!こっちおいでよ。そこ暑いでしょ?テントの中で一緒に応援しようよ」
スタンドで所在なさげに、ぼーっと競技場のフィールドで行われている投擲競技を眺めていると、宏樹は、どこからか自分の名前が呼ばれているのに気づいた。
部外者である宏樹は、部員や保護者用としてスタンドに張られた陸上部の日よけテントから少し離れた席で一人見ていたのだが、それに気づいた陸上部員の同級生、松本エリが声をかけてきたのだ。
エリは宏樹のクラスメイトで、太一の元カノだ。と言っても、太一と別れたのは2年生になってすぐらしいので、もう一年以上前らしい。
別れた理由は、太一が新たに入ってきた後輩の1年生から告られ、エリに内緒でその下級生と一緒に帰ったとか何とか…という他愛のない理由。
まあ、あくまでも又聞きのウワサ話なので、真相は宏樹もよくわからないのだけれど。
二人が別れた後も、太一とエリは同じ陸上部のトラック競技チームで毎日顔を合わせている。
宏樹には信じられないのだが、今でもお互いにアスリートとしては尊敬しあっているらしく、宏樹の感想と同じことを他の友人から聞かれたエリは、『それ(陸上)とこれ(恋愛)は別で割り切ってるから』と説明しているらしい。
たしかに、二人が付き合っていたのは中学1年生の夏から2年生の春までと短い期間で、しかもまだ二人も13歳、14歳と幼い時期だったから、そこまでわだかまりもないのかもしれない。
今まで女子と付き合ったこともなく、中二から中三にかけて重度の厨二病のせいで、なかなか女子と親しくなれずにいた宏樹にとっては、羨ましくもあり、どうでもいいことでもあったのだが。
「ねえ、早くおいでよ。そこにいると熱射病になっちゃうよ」
無反応のままぼーっとしていると、再度エリの声が聞こえた。
初夏とはいえ、雲一つない晴天で風も殆ど無く、黙っていても吹き出る汗に多少うんざりしかけていた宏樹も、エリの呼びかけに甘えて、テントの日陰に遠慮がちに座らせてもらうことにした。
宏樹が腰を下ろすと、エリが、部員用に備え付けられたジャグから紙コップにスポーツドリンクを入れ、無言で宏樹に差し出す。
「太一、残念だったな」
スポーツドリンクのお礼を言う代わりに、それを受け取りながら、宏樹は太一の話題を振ってみる。
太一本人は、まだクールダウン中なのか、いまだに戻ってきていない。
「うーん。まあね。予選の組み合わせが悪かったかな。市の800mの今シーズンの記録を争ってるエース級が二人も同じ組にいたしね。二人しか次に進めないし…。組み合わせさえ良ければ、山田の実力的にも次に行けてたと思うよ」
太一のことを聞かれても、エリもあっけらかんと答える。
どうやら別れた後も、アスリートとしては互いに尊敬しあっててわだかまりはないのは、ホントのことらしい。
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