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“ふーん。えらい割り切ってるんだなあ…”
宏樹が変なところで感心していると、エリが思い出したかのように切り出した。
「ところでさ児玉。今日は山田と一緒に帰る約束してるんでしょ?」
「約束してるわけじゃないけど。山田を待ってると必然的に最後まで待たされる系?。
少しは青春っぽいことをしてみたかったから、こういう“青臭い”体験もいいんだけどね。
ほら、俺、野球部、2年の時に辞めちゃってるし」
「じゃあ今日は最後までいるんだよね?だったらあたしが走るのも応援してよ」
「おうおう。応援するする。てか、松本は何に出るの?」
「100m!
…ていうかさあ。なんで児玉、あたしとクラス一緒のくせに、あたしが何の選手か知らないの?朝からずっと居たのに、決勝進出を決めたあたしの午前中の予選は見てなかったってわけ?」
「ううっ、すまん。そっか。決勝かぁ。すげーじゃん。決勝で勝てば次は県大会だろ?松本は県大会に行けそうなの?」
「あたし?ムリムリ。決勝には各校のマジもんのエース級が出てくるし。
んで、その中にむちゃくちゃ速いヤツが一人いんのよ。だからみんな二位狙い。
そいつね。桜富士中のヤツで、あたしらと同じ3年なんだけど、マジ半端ねえよ」
「すげーヤツがいるんだな。で、何位まで県大会行けるの?」
「三位まで」
「おお、じゃ松本も望みある系?」
「残念っ!決勝進出者の予選の持ちタイム、あたし最下位…。て何を言わすんじゃ」
エリはむしろ楽しそうに答える。
エリにとって決勝進出は望外の喜びで、そこに出て、“地区ファイナリスト”として中学校を卒業できるだけで満足なのだと、屈託なく笑った。
「それじゃ児玉、あたしそろそろ行くね。アップの時間だから」
「おお!頑張れよ」
「もう一回言ってよ」
「なんでもう一回?まあいいや。頑張れよぉ」
「じゃ今度は、ハグ…はやっぱ恥ずかしいから、握手して」
「やだよ」
そう言いながらも、宏樹はエリの手をギュッと握ってやる。
だがエリと目が合うと、急に恥ずかしくなってしまった。
“そういえば松本だけは、普段から俺に普通に話しかけてくれてるよな”
それまであまり異性として意識していなかったので、何のためらいもなく手を握ってしまったのだが、近くでその顔をまじまじと見つめてみると、笑うと八重歯が顔を覗かせる、意外と可愛らしい笑顔の持ち主なのだと気づいた。
突然意識してしまった恥ずかしさをごまかすかのように宏樹は目を逸らすと、ボソッと「頑張ってこい」と呟いた。
「さんきゅー。マジで元気でた。今日は山田のためとは言え、見に来てくれて嬉しかったよ。
あたしも頑張るから、今度はホントにちゃんと応援しててよね」
「おう任せとけ!
おおそうだ。太一が帰ってきたら、太一にもちゃんと松本を応援するよう言っとくぜ」
「…バカ。ホント空気読めねーな。お前もう帰れ」
「…?」
あっかんべーをして『なんでもないよ〜』と言いながら、エリはスタンドからコンコースへと消えていった。
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