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理桜1ー⑴
「あれっ、理桜じゃん。どうしたの、こんなところで」
地下鉄の出口に向かう階段で声をかけられ、わたしは足を止めた。
地上からの光を背に受けて立っていたのは、幼馴染の梨奈だった。
「うん、ちょっと近くに用事で……梨奈こそ、楽器もってこんなところで……路上ライブの帰り?」
わたしは梨奈が背負っているギターケースをちらちら見ながら言った。
「うん、この近くに親戚がやってる喫茶店があってさ。ちょこっと演奏させてもらったんだ。理桜と一緒じゃなくなってから、歌もやらなきゃいけないから大変だよ」
そう言うと梨奈は胸に手を当て、声を張り上げるしぐさをして見せた。
「いいな、弾き語り。今度聞かせてね。場所を教えてくれたら、絶対行くから」
わたしが羨ましさをにじませながら言うと、梨奈はちょっと考え込む顔つきになった。
「それは嬉しいけど……それより、また一緒にやらない?部活だ勉強だって忙しいかもしれないけどさ。やっぱりあんたのヴォーカルがあるとないとじゃ、全然、違うんだよね」
わたしは答えに窮した。……たしかに梨奈ともう一度、路上ライブをやってみたいという気持ちはある、実は密かに「機会があれば」とも思っていた。でも……
「あのね、実は最近、ちょっと新しいことを始めちゃったんだ。そっちかこれから忙しくなるかもしれないの。だから、一緒にやる約束は難しいかな……」
「ふうん、そっかあ。それは残念。……で、新しいことって?」
やはりそう言う流れになったか、とわたしは天を仰いだ。クラスメイトにはまだ一人も教えていない、とっておきの秘密だが、幼馴染の梨奈になら教えてもいいかもしれない。
「……じつはね、二週間ほど前から、ローカルの地下アイドルをやってるの」
「え――っ、アイドル?理桜が?」
行き交う人々が振り返りかねない音量で、梨奈が叫んだ。予想通りの反応だ、とわたしは思った。梨奈と二人で路上ライブをやっていた時のわたしは、古い洋楽のコピーなど、アイドルの歌う曲とはおよそかけ離れた音楽をやっていたのだ。
「すごーい。素敵っ!ね、なんていうグループ?……いつデビューすんの?」
予想に反し、目を輝かせてたたみかける梨奈に、わたしはいささか拍子抜けした。
「すごくないよ。地下アイドルだもん。……『ヴィヴィアン・キングダム』っていう名前で、デビューはまだ。この近くにできたライブハウスで月に二回くらい、出演する予定なんだ」
「へえ――っ、すごいじゃん、……実はね、わたしも一度、アイドルのオーディション、受けてみようかな――なんて思ったりしたことあるんだよね」
へえ、と今度はわたしが目を丸くする番だった。てっきりアーティスト志向かと思いきや、そう言うミーハーな一面があったとは。
「教えてくれたら行くよ、ライブ。絶対に。……で、何人のグループ?理桜はどのへんの位置で歌うの?」
梨奈の問いにわたしはまたも返答をためらった。決して恥ずかしいことを聞かれたわけではない。だが、口にするにはそれなりの勇気が必要だった。わたしは身を乗り出して待ち構えている梨奈に対し、できるだけさりげなく聞こえるように言った。
「……七人グループの、センター」
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