理桜1-⑵

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理桜1-⑵

 わたしは深水理桜。十六歳、高一だ。  北の地方都市、刹幌で公務員の両親と弟と暮らしている。  成績は中の上でおそらく理系向き。一か月前までバレー部に所属していた。  自分について語れるのはそんなところ。平凡だという自覚もないくらい、平凡な女の子だ。だが、周りの友達は言う。それは去年までだよね、と。  わたしの中では変わったという意識はないが、たしかにひとつだけ、去年までと違う部分がある。今のわたしは『ヴィヴィアンズ・キングダム』という地下アイドルグループの一員なのだった。  音楽は好きだがアイドルには全く関心がなかったわたしがなぜ、アイドルグループの一員をやっているかというと、わたしたちのプロデューサー、松館亮一から直接、スカウトされたからだった。  その日わたしは、小さな自主コンサートに出演していた。幼なじみがギター、わたしがヴォーカルの「ファイヴハンドレッツ」というユニットで始めた路上ライブが好評で、地元の音楽グループから誘われたのだ。  演奏を終えたわたし達に、見知らぬ男性がいきなり声をかけてきた。それが松館だった。 「魅力的な声ですね。思わず聞き入ってしまいました」  わたしがどう返そうか考えあぐねていると、男性はいきなりこちらの返事もまたずに喋り始めた。 「あ、突然、声をかけたりしてすみません。驚かれたでしょう。実は僕、刹幌を中心に音楽プロデュース業を手掛けている松館といいます」  松館と名乗る三十代くらいの男性は、いきなり立て板に水と話しかけてきた。歌が歌える十三~十七歳くらいの少女を探している。目星がついたら七人の地下アイドルユニットを結成させたい、と。 「どうです?興味ないとおっしゃるかもしれませんが、いい経験になるかもしれませんよ。思いきって一度飛び込んでみませんか?」  松館の口調は熱を帯びていた。わたしは面食らいながら、気になっていたことを尋ねた。 「あのう、地下アイドルって何ですか」 「メディアにほとんど出ずにライブの集客力で活動するアイドルのことです。実は東区に今度、知人が大きなビルを建てる予定なんです。地下がライブハウスになる予定で、そこの顔となるアイドルを期間限定で立ち上げようっていうことになったんです」 「期間限定、ですか。ふうん」 「深水さん、でしたっけ?声の質が、僕が思い描くグループのイメージにぴったりなんです。オーディションだけでも、うけてみませんか?」 「オーディションだけってことは、受かってもお断りして構わないってことですか?」 「…………」  それが、わたしの高校生活を一変させた最初の会話だった。
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