赤さん③

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赤さん③

 3ヶ月が過ぎた頃。  いい加減におかしいと思い、迷ったが産婦人科に行った。 「おめでとうございます」  先生が笑顔で言う。恐る恐る見たエコーの画面は、きちんと人の形が写っていた。 「6ヶ月ですね。今まで気づかなかったんですか?」 「えっ」  私の表情に、先生は怪訝な顔をする。  おかしい。6ヶ月前はきちんと生理があったはず。  そもそも、性交渉をしていないのに、この子はどこから来たのだ。  まさかーー。 「どうしました? 大丈夫ですか?」  先生の言葉に我に返る。 「大丈夫です」  やっと、それだけ言った。  最後に夫としたのはいつだろう。スマホのカレンダー機能を見ながら、考える。結婚して2年目で、夜の生活はなくなったと思う。半年前なんて、当然していないはず。 「どうしよう」  産婦人科に行ってから2週間。腹はみるみる膨らみ、まるで臨月のようだ。会社は先週から体調不良を理由に休んでいる。夫はこのところ激務で深夜帰りが続いており、私のこの変化に気付いていないらしい。 「言うしか、ないよね」  私のお腹の中に、赤ちゃんがいる。  誰とも性交渉していないにも関わらず。  どう考えても異常な状態であるのに、何故か私は穏やかな気持ちだった。大きなお腹をなでる。ここに私の赤ちゃんがいる。私だけの、赤ちゃんが。  6時過ぎ、夕飯の支度をしていると、夫が珍しく早く帰ってきた。 「ただいま」  支度の手を止め、私は玄関へと向かった。 「おかえりなさい、あのね」  夫は私を見るなり、化け物でも見るような目を向けた。 「お前、その腹どうしたんだ」 「気付かなかったの? 私、妊娠してたのよ」  こんな臨月みたいなお腹ならば、原因となる性交渉は10ヶ月くらい前だ。夫は最後にいつしたかなんて、細かくは覚えていないから、それくらい前にはしていたと思うかもしれない。 「つわりもあまりなくて、お腹も大きくなるのが遅かったから、私自身も気付かなかったのよ。言うのが遅くなってごめんなさい。あなた、忙しそうだったから」  事前に練習した通り、夫に妊娠を告げた。お腹を撫で、にっこりと微笑んで見せる。 「誰の子だ?」 「は?」  夫は、私の首を掴む。 「ぐ」 「誰の子だって聞いてるんだよ!」 「か、あ、あなたの、こよ、なにいって」 「そんな訳はない!」  夫は私を床に叩きつけた。咄嗟にお腹を庇う。 「うっ」  倒れた私の前に仁王立ちになると、夫は告げた。 「俺は、無精子症なんだ」 「は?」  いきなりの告白に、呆気にとられる。夫はしゃがみこむと、私の髪を掴み、言い聞かせるように、繰り返す。 「俺は無精子症だから、セックスしても、子供なんか出来るはずがないんだ」 「は?」  夫は強く睨みつけてきた。 「だから、腹の中の子供は俺の子であるはずない。誰の子なんだよ、このクソビッチ」  私の髪を掴んだまま、夫はもう一度私を床に叩きつけようとした。今度こそ、腹が床に当たるように。 「っやめて!」  私は力の限り夫に体当たりした。 「おっ」  体制を崩した夫から逃れ、急いで台所へ向かい、包丁を掴んだ。後から追ってきた、夫へと向ける。 「何のつもりだよ、ゆり」 「ち、近づくなら刺すわ!」 「お前、自分が何してんのか分かってんのか! 自分が浮気しといて!」 「わ、分かってるわ! あなたが、あなたがどんな酷いことをしたのか! あなたが不妊だったなんて! それを黙ってた! あなたのご両親からわたしが孫のことで責められても! あなたはヘラヘラしながら黙ってたのよ!!」 「話をすり替えるなよ! 今はお前の浮気の話だろうか! その腹の中の子は誰の子だよ!」  唇がワナワナ震えた。包丁を握る手に力が入る。 「この子は」  目の前の男が許せない。自分の不妊を黙っていた。私は赤ちゃんが欲しかったのに。  目の前の男が許せない。殺そうとした。私の赤ちゃんを殺そうとした! 「この子は私の赤ちゃんよ!」  私は包丁を持ったまま、夫へと突進した。    
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