第5話 Missionスタート

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第5話 Missionスタート

 アイリは、まさか自分の人生の中で、シューズバックにバクを潜ませて通学する日が来るとは夢にも思わなかった。これが夢でないとしたら・・・だが。 前夜からシューズバックに潜り込んだバクはまだ眠っているようだ。超空間を使ってこの星に転送されたとか言ってたから、時差ボケで疲れが溜まっているのかも知れない。 わ、もう8時。髪の端っこが少し撥ねているのが気に入らないが、時間がない。アイリはベッドの下からシューズバックを引っ張り出した。 「バクちゃん、朝ですよ・・・」 開いたファスナーから覗くとバクはまだ眠っている。しょうがないなあ。アイリは開いたファスナーに口を近づけた。 「バクさぁーん、あっさ でっす よぉー」  そーっとシューズバックを揺さぶってようやくバクは薄目を開けた。 「おぉ、おぉ? ああ・・・そうか」 バクは呟くとまた目を閉じた。 「ちょっとぉ、バク! 学校行くよ!」 バクはまた薄目を開けて 「ああ、らじゃ。良しなに頼む・・・」 駄目だこりゃ。アイリは諦めてシューズバックのファスナーを閉めて、傍らのスポーツバックを肩に掛けた。 連れてくって言ったしな・・・。少し躊躇(ためら)ったあと、アイリはシューズケースを掴んだ。その時、 「姉ちゃん、何一人で騒いでんだよ」 弟の 津田佐助(つだ さすけ)が勝手にドアを開け顔を出した。アイリは咄嗟にシューズバックを後ろに隠す。 「もう、サスケ! ノックしてから開けなって言ってるでしょ」 「だってさ、バカとか叫んでたから、いよいよ狂ったのかと思ったし・・・」 言いながらサスケはアイリの後ろを覗いた。 「な・何もないわよ・・・」 「あるじゃん。持ってるじゃん、シューズバック」 「そ・そうよ・・・只のシューズよ・・・」 「なんで隠すんだよ」 「隠してないよ、持ち替えただけだよ」 その時、シューズバックから大きな声が聞こえた。 「うわー、なんで閉まってんだ? おーい、アイリィー、開けてくれー、おーい、Lady!」 アイリは慌てて後ろを振り返ると 「ちょ・ちょっと静かにしなさいよ! サスケが見てるのよ!」 サスケはポカンとしてる。 「ね・ねえちゃん・・・ ホント大丈夫? 誰か入ってんの? その中」 「空耳よ、ほら、気のせい・・・」 アイリは更に慌てる。 「いや、何も聞こえてないけど・・・ 姉ちゃん一人で喋って気持ちわりぃよ」 「え?そう? そうなの? あ、そうだよね、誰もいなんだから、そりゃそうだ。あたしバカみたい・・・」 駄目だ、構っていられない。 「あのさ、学校行くんだから、そこどいてよ、急ぐんだから・・・」  アイリはなお懐疑的な顔のサスケを押しのけると、部屋を飛び出した。 「いってきまーす」  アイリはカーポートの端に停めてある自転車のカゴにシューズバックを放り込むとスポーツバックを首から掛け直し、漕ぎ出した。角を曲がって大通りに出る。自転車レーンをアイリは飛ばした。シューズケースの中から声が聞こえるような気がするが、聞こえないふりをした。本当にこんなの学校に持って行って大丈夫なのかな。昨晩からの展開がまだアイリの中では消化し切れていない。  大通りから住宅の中を走ると通学する紫苑高校の生徒たちがぞろぞろ歩いている。その中に1年の時一緒のクラスだった内藤実乃(ないとう みの)がいた。 「おはよー みのぴょん」 「おはよ。アイリ、元気ね」 アイリは自転車を飛び降りて、実乃の横を押し歩く。 「そりゃあたしから元気取ったら何が残るって、いろいろ残るんだけど何にも残らんって奈々は言う」 「はいー、奈々が正しい」 「何だよ、朝から吹っ掛けるじゃん」 「吹っ掛けたくもなるよ、超ロウテンション」 「なんで?」 「配役」 「あーあ、また文化祭?演劇部の?」 「そ」 「今年はヒロインじゃないんだ」 「魔法使いの婆さん」  アイリは吹き出した。 「やっば、みのぴょん見抜かれてるう。誰が決めたの?先生?」 「うっさいなあ、何で私が老婆なのよ。ヒロイン1年だよ」 「そりゃ1年に較べりゃ婆さんだわ。まあ、演技力買われたんでしょ? 熟女の魅力」 「全然嬉しくない。3年間ずっとヒロインのつもりだった」 シューズバックの中でバクはそっと噛み締めた。少々不純な悲しみだが、最初にしては悪くない。 「何やるのよ、そもそも」 「白雪姫」 「はあ?またベタなものを。小学生みたいだねえ。あれ?じゃあさ、魔女ってお妃かなんかじゃないの?」 「まあね。二役って言うのか、お妃が変身して魔女になる」 「だよね。リンゴ売る時だけ魔女」 「忙しいのよ」 「じゃあいいじゃん。世界で一番美しいのはだぁれー?って鏡に言うんでしょ」 「うん」 「似合ってる」 「なんでよ」 「そこそこ美しいんだよ。で、魔女になる時は猫なで声の演技派」 「そうかもだけど」 「ただ可愛いだけのコには務まらない役なのよ。女のふかーい所を出せなきゃ」 「何だかアイリに上手く誤魔化されてる気がする」 「そーんな事ないよ。あたしは先生の気持ちを代弁しただけ」 「ホントにリンゴに毒盛ってやろうかと思ってたよ」 「えー?」 「ま、毒って言ってもワサビとかだけど」 「好きにしなよ。で、誰、ヒロインは」 「吹部の吉川さんって子」 「へえ?なんで吹奏楽部の子?」 「先生が引き抜いちゃった。元々はバックで演奏頼んでたんだけど、そこで先生が惚れ込んじゃってさ。まあ、今回だけだけどね。でもさ、ヘルプがヒロインってどうよ?」 「よっぽど白雪姫が似合うのかな」 「ビンゴ。一度衣装合わせしてびっくり。本物の白雪姫」 「へーえ。じゃ仕方ないじゃん。1回きりならまたみのぴょんにヒロイン回って来るよ」 「あーあ、何だかやっぱアイリに丸め込まれてる気がする」 「ワサビ盛っちゃ駄目よ。吹奏楽に支障すると困るでしょ」 「あーあ、じゃあ、ハチミツにするわ」 「美味しいじゃん」 「そ、倒れるの忘れて最後まで食べさせてやる」 二人は校門を抜けた。 「んじゃ、みのぴょん精々頑張って」 「はいよ、ありがとね、アイリも元気で良かったよ」 「え?」 「レギュラー落ちて凹んでるって奈々からLINE来てたからさ」 「えー?なんて手回しのいい」 「だからアイリも頑張ってね」 「はあ。どうも」  奈々の気遣いには恐れ入るな。あたしも悲しいの、忘れてた。バクの騒ぎがあったから忘れかけてたよ。おっと、バク、どうなってる? アイリはそっとファスナーを開けた。バクがシューズバックからちょこっと顔を出す。 「最初のミッションを実行した。あの子の悲しみ、食べてみた」 「それで、みのぴょん気を持ち直したの?」 「まあな、それ程厳しい悲しみじゃなかったから初めてにしては丁度良かった。リンゴとハチミツの味がしたぜ」 「ふうん、リンゴとハチミツ味の悲しみねえ…」 「寝起きにきつい悲しみはボクも嫌だからな。そうだ、それからボクの姿や声はアイリにしか見聞きできないから心配は無用だ」 「そうなの?」 「左様、コネクターの特権だ」 「大して嬉しくない」 「そう言うな」 「じゃ、サスケもバクを見えないってこと?」 「そうだ。だからボクと喋る時はそれこそ演技派になってくれ」 アイリは自転車のスタンドを立て、スポーツバックとシューズバックを手に取る。 「あーあ、イケメンの王子様なら目一杯演技するんだけどね」 「相手を選ばないのが演技派だろう」 アイリは勢いよくシューズバックを振り回した。 「うわーっ」  一方その頃、チネリ星全軍法務執行監視センター、すなわち軍事法廷で宣告された刑の執行を管理するセクションの大型ディスプレイには新たな輝点が灯った。 「25番受刑者、ミッションスタートしました。コネクターとのマインドパスオープン」 コンソールからの報告を受け、先任士官カコントウ大尉は、別室の監視センター長・ガスター大佐に一報を入れた。 「センター当直カコントウ大尉であります。本日予定のテラでのミッション、スタートしました」 「ご苦労、25番だったな」 「はい、戦闘機隊のテイパー中尉です。因みにコネクターは女性で25番のマインドデータには『アタック能力あり』と記録されています。最初のマインドカラーはライトグレーです」 「ほう、なかなか手強いコネクターだな」 「これより生体プログラムをパッシブモードで追跡します」 「よろしい、頼んだぞ」 「イエッサー」  ガスターは腕を組んだ。テラでの執行は初めてだ。宝石のようなブルーに輝く古い星だっけ。他の星でもこんな風に利用していたようだし、25番が上手くいけば、今後ウチでも使える。テイパーは知ったこっちゃないだろうが、これもまた隠れたミッションだ。審問リストの備考に加えておくかな。 ガスターはディスプレイシートを拡げ軽やかにタイプし始めた。
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