お母さんといっしょ

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ここまで思い出して、俺はふと気づいた。 タケオのお父さんとお母さんは、もしかしたらそういう場所で、客とホステスとして知り合ったのではないだろうか?お父さんのような人なら、赤提灯よりも静かなラウンジとかで、高いブランデーなんかを飲んでる方がよく似合う。 でもそうなると不自然な面もある。よほど違法性の高い店でない限り、お母さんが若くして酒場に勤められるわけもないし、結婚してからも嫁がそんなところで働くのを看過する夫などおそらくいないだろう。それも、子供たちが大きくなるまで。よほど甲斐性のない夫ならまだしも、お父さんは大手企業に努め、今や重役をやってるような人だ。若いころから出世コースを歩んでいたのだろうが、そんな人が奥さんを酒場などで働かせるだろうか? タケオもサトルくんもかなり余裕のある大学生活を送り、タケオのひとり暮らしやサトルくんの旅行の金なども、お父さんに頼めばポンと出してもらえるような環境だ。サトルくんのバイトだって、猫が好きだからという理由で猫カフェで働いているだけで、労働というより趣味の範疇であろう。うちではお母さんが猫が苦手なので飼えないのだ。おまけに車だってこの家には3台もある。家族が使うのは1台だが、あと2台はお父さんが趣味で所持している外車だ。そんな甲斐性のありあまる男が、自分の嫁を…… まあ、人の家のことをとやかく詮索するのはよそう。俺の家のことでもあるが、生まれたばかりの俺には関係ない。 赤ん坊は、少し脳みそを使うだけであっという間に眠くなってしまう。おまけにこんなあたたかな春の陽気に包まれたら…… ふと目覚めると、俺はひとり暗い部屋に寝かされていた。ここはお母さんたちの寝室だ。ああ、散歩の途中で寝ちまったんだ。去年までなら、こんな状態なら意思と関係なく泣いて家族を呼んでいたが、今はそんなこともせず、誰かが来るのをじっと暗がりで待っている。 こういうところを、お母さんは心配しているのだろうな。不気味な赤ん坊だと思われているかもしれない。けどしばらくして様子を見にやってきたお母さんは、「あらコウちゃん、おっきしてたの」といつものような優しい笑顔で俺のことを抱き上げてくれた。 こうなるとダメなのだ。 泣きたくもないのに、やっぱり赤ん坊の感性がまさるのだろう。俺は俺のものとは思えぬかわいい声で、お母さんに抱かれながら泣きわめいた。腹も減ったし、おむつも濡れてるし、ホントは暗くて淋しくて怖かったんだろうし、お母さんの顔を見たとたんに言い様のない安心も感じたし、そのごちゃまぜの感情の中で、俺はようやくちゃんと赤ん坊らしい姿を見せるのだ。もはやノリオなのかコウキなのかわからない。俺はいったい何者なんだろう。
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