お兄ちゃんといっしょ

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真夏の雷でショック死してから8ヶ月。あの事故は俺にとっては今や昔。日がな一日なんにもすることなく、当然だが誰かに会うこともネットをすることもない。ホンモノの赤ん坊には目に映るあらゆるものが刺激的かもしれないだろうが、以前の意識を引き継いだ俺には、サトルくんに構ってもらえる時間以外は退屈でしかない。 最近ようやくハイハイをできるようになったが、その自由に感動してあちこち動き回ってみたのも、せいぜい最初の1週間程度だ。あとは積極的に這いずり回ることもなく、しかばねのごとき日々を過ごしている。俺があまりにも無気力なせいか、お母さんに心配されて乳児用の相談所に連れて行かれたこともある。だが軽い検査をされ、「こういう子はよくいるので心配ないですよ」と相談員のおばさんに言われて返されるだけだった。こういう赤ん坊が他にもいるとしたら、そいつらみんな俺と「同族」なんじゃないのか? この無気力は病気じゃない。中身が大人のせいで、繰り返される退屈な赤ん坊の日々に食傷しているだけだ。横たわってつまらぬニュースを聞き、歩行器に力なく身を任せながら窓の外を眺め、1日1回与えられる乳児用の菓子を楽しみに待ち、1日1時間くらい日光を浴びに乳母車に乗せられて公園まで運ばれる。まるで囚人のような生活を送っている。 そんな生活だから、四季の移り変わりはあまりにも悠長だ。死ぬほど長い冬を経て、やっと春がやって来た。前は春なんてあっという間にやって来てあっという間に去っていくものだったが、今の俺にはきっと春も長いだろう。 ……けど、前の俺だって、よく考えりゃそんな感じだった。過ぎてしまえば早く感じるだけで、だらだらとくだらない長い道のりを、背を丸めてうつむきながら歩いてるような日々だったじゃないか。タケオはいいヤツだから、モテるし友達だっていっぱいいるのに、根暗だった俺ともゲームをして遊んでくれたりしたが、別々の大学に進んでからはタケオみたいな友達には出会えなかった。だから勉強もそこそこに、趣味のためにバイトしては金をつぎ込むくらいしか無い学生時代を送り、何とか就職できた会社の営業もいびられまくって1年で辞め、ああどうしようと思いつつずるずると再就職もせぬまま惰性でアイドルの応援をしながら、休日も寝るかネットをやるかゲームをやるかしかなかったのだ。 そう思えば、赤ん坊の方がずっとマシな生活をしている。ネットもゲームもできないけれど、そんなのが無くてもどうにかなるし、前の俺よりずっと未来への希望もあるし、なにより毎日サトルくんに会えるんだから。俺は自分の家族も好きだったから会えないのは寂しいけれど、もっと大きくなれば、いつか何食わぬ顔で会いに行くことだってできるだろう。中学でつまづいたところをもう1度ちゃんと勉強すれば、いい高校に行って、そのままいい大学にも行けて、前よりマシな会社に入れるかもしれない。窓ガラスに映る俺の顔はなんとなくお父さんに似てるような気がするから、サトルくんみたいな美少年にはなれないだろうが、もしかするとタケオみたいなイケメンになれるかもしれない。いずれにせよあの2人の弟なら、女の子の友達を作るのだって困難なことではないだろう。性格は「ノリオ」のままでも、見た目さえよければ人生などどうとでもなる。 あともうひとつ欲を言えば、「コウキ」が死ぬときは、もっとマシな死に様でありたい。また落雷に会うんでも、今度はちゃんとバーンと撃たれて、バタッと逝くのがいい。堂々とニュースに流されて、落雷対策の特集まで組まれるような。 ……いかん、1度死んでいるせいか、何だか死生観がゆるくなっている。 俺はもう早死にはごめんだ。雷だって怖い。次こそは平均的な生き方をして、せめて子供が成人するまでは生きていたい。叶えられるだろうか。
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