お母さんといっしょ

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お母さんといっしょ

朝。 お母さんに全自動で身支度をされ、バタバタと忙しい家族の姿を、歩行器に悠然と構え、哺乳瓶に入れられたジュースを飲みながらぼんやりと眺めている。「コウちゃん、お口からこぼれてるよ」とサトルくんに口元を拭いてもらうまで、俺はジュースを口から垂れ流していたことにすら気がつかなかった。忙しいさなかに申し訳ないと思うが、忙しくても俺のことをちゃんと見ててくれるサトルくんが、やっぱり大好きだ。お父さんもタケオもサトルくんも、男衆は8時までには家を出て行ってしまう。みんなには忙しい1日の始まりでも、俺には長く退屈な1日の始まりだ。 俺の最近のマイブームは、言葉の練習だ。言葉は知ってるから、発音の練習というべきか。お母さんも家事の手が空くと俺のためにいろいろと絵本を読んでくれたり、言葉を発するおもちゃで遊んでくれたりする。俺はまじめに絵本を読んだりおもちゃをいじりながら、言葉を発声する。これまでは母音でうめくだけだったが、最近「まんま」をマスターしたので、それ以外の子音を発する訓練をしているのだ。舌がうまく回らないし唇も思うように動かせないから、言葉を喋るということは非常に難しいのだ。 サトルくんは俺に「お兄ちゃん」と呼ばせたいのか、まずは「にーに」から始めようとして「コウちゃん、にーにだよ、にーに。」とことあるごとに練習させようとしてくる。俺もそれに応えてやりたいが、ナ行というのは思いのほか難しい。ふとしたときに「ナー」と発音できることはあるが、「にーに」を会得するにはまだ少し時間を要するだろう。「サトルくん」や「タケオ」と呼べるようになるなんて、何年かかるかわからない。
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