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こういった愚痴で頭がいっぱいだった正世の表情はきっと能面になっていたことだろう。怒りの表情を封じるだけでもう精一杯な量の値下げが待ち構えていた。そんな時、ふいに店内に鳴り響く、やたらと明るい音楽にハッとして正世は腕時計を見る。これは実に愚かな行為であった。腕時計はやはり十五時三十分を示している。店内放送はタイマー管理されているだろうし、音楽が鳴ったということは時計を見なくても十五時三十分で間違いなどない。ハッとして腕時計を見てゲンナリする。あぁ。今日も残業決定だ。
正世は今のような無駄な行動をとってしまった時、こうして時間内に仕事が終わらない時、自分も年をとったなとつくづく感じる。若い時はこんな無駄などなかったし、一度に五個くらいのことを優先順に並べてやることが出来た。けれどアラフォーなのか、アラフィフなのかよく分からない四十四歳の自分は一度に三個、「これやったら次それやって、その後あれやろう」と思い、作業を始めるも二個めの作業をしているうち、三個めを忘れてしまう。何か忘れていることだけは分かるのでモヤッとするが、思い出せないのでそのままにするしかない。脳が縮み始めたのか、効率よく作業が出来ずに無駄な行動が多くなったこと、忘れっぽくなったなという自覚はあるがどうしようもないので放置している。忘れてしまっていた事は忘れた頃にふっと思い出す。几帳面な人ならば、こういう弱点が自分にあると分かった時点でやろうと思った作業をメモしておくのだろう。けれど時間差でふと思い出した時、さほど大きな問題でないことがほとんどなので正世はメモをしない。良く言えば「自分の年齢を受け入れている」と、い、言えなくも、ない……はず。
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