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企画3課の主任
年度代わりが迫った3月下旬の平日の夕方、名古屋にある世界有数の外資系商社エクセリオン日本の企画3課に1人の男が戻ってきた。
「ただいま戻りました」
一色テンマは、課長のサトウに帰社の報告をする。
「遅かったな、佐野主任はどうした」
「帰社したところ、受付より護邸常務にすぐ来るように言われましたので、其方に向かいました」
サトウは舌打ちする。
「ちっ、また常務か。佐野を頻繁に呼び出すよなぁ、あの二人怪しいと思わんか、なあ」
一色は興味無さそうに、さあと応える。
「まあいい、それよりプレゼンの結果はどうだった」
企画3課に所属する、佐野千秋主任と一色テンマは、大手取引先の森友財団にて、ライバル社である群春物産とのコンペをしてきたところだった。
「試合で引き分けて、勝負に勝った感じです」
「なんだそれは。わかっているのか? 1億の取引なんだぞ、エクセリオンにしては小口の取引だが、相手は長年付き合いのある森友財団なんだぞ。取られる訳にはいかない相手なんだぞ」
「コンペ相手の群春さんの商品は、メーカーは違えど質は同じくらいでした。しかし向こうの方が2割ほど安かったんです、なので本来なら負けるところでした」
「引き分けたというのは」
「ほぼ負け確定でしたが、チーフが猛然と自社が仕入れた商品の良さをアピールし始めまして、森友さんが興味を示したところで、時間をください値はこれ以上勉強出来ませんが付加価値をつけますのでと」
「佐野くんが言ったのか」
「それで、まだ時間があるので一週間後にまたコンペをしましょうと言ってくれて、首の皮一枚繋がりました」
「なるほどね」
そう言いながらサトウは、一色に聞こえないように舌打ちをした。
「わかった、チャンスがあるならもう一度検討してくれ。ただし、逐一報告することと私の決裁を通すことを忘れるなよ」
はいと応え、一礼して一色は自分のデスクに向かう。
事務机が4つ、向い合わせ隣り合わせで、ひとつの塊になっている。課長の席から向かって右手前が佐野主任の席、その正面が一色の席だ。
席に座ると、左隣の席で端末に入力作業をしている塚本穂積に一色は声をかけた。
「塚本さん、ちょっとおねがい。佐野主任のプロフィール出してくれるかい」
塚本はこくんと頷くと、自分の端末モニターに佐野千秋の履歴書を映し出した。
「……佐野千秋、現在33才、愛知県壱ノ宮市生まれ、市内公立の小中校を出て私立の女子校へ進学、その後、大学を経て大学院を卒業。バックパッカーで世界の各国各地を転々とし、アメリカにて、エクセリオン本社に入社。実力をかわれて重役秘書になるが、去年の秋に日本支社企画3課の主任に転属と……」
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