896人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
抵抗と後悔
「さぁ、ワインを早く飲まないか」
「無理です! 手をどうか離してください」
「おいおい、ここまで来てそれはないだろう。部屋を取ってあるから、上に行こう」
「やめっ」
な……なんてことだ。とうとう引きずられるように会場から出てしまった。こんな場所で大きな声を出せば恥をかいてしまう。僕の僅かなプライドが邪魔をした。
「弟を助けたいのだろう。ならば……言うことを聞きなさい」
あぁ、僕の大事な弟……雪也。
発作で苦しむ姿を思い浮かべた。あの苦しみから解放してやりたい。手術を受けさせてやりたい。しかし両親が残してくれた会社は潰れ、借金に追われ……しがない僕の給料では到底無理だ。
「あっ!」
エレベーターに有無を言わせぬ勢いで乗せられ、とうとう客室まで連れて来られてしまった。いよいよ覚悟を決めないと。僕が我慢すればいいだけだ。女の子ではないのだ。減るものではない。そんな経験なんて全くないのに、自分に必死に言い聞かせていた。
「さぁ入ろう」
もうだめだ。この一歩で僕は堕ちてしまう。身体を売る男娼になる。足が動かない……逃げないといけないのに。あぁ、僕は冬郷家の当主としての誇りを捨てる気か。
結局、力尽くで客室に押し込まれてしまった。
紳士的な仮面を剥いだ医師は下品な笑みを浮かべ、僕をベッドへ突き飛ばし馬乗りになって来た。
僕の抵抗は圧倒的な力で封じられ、恐怖で震えた。
本当に無理だ! こんなこと無理だった。僕が間違っていた!
もっと早く決断すべきだった……逃げるべきだった。
後悔が、ぐるぐると頭の中で暴れ出す。
「やっ、やめて下さい! 僕はそんなつもりでは! 」
「おいおい、ここまで付いてきて、今更それはないだろう? 」
言葉の抵抗など意味がない。僕の大切なスーツは無残に裂かれ、露わになった素肌に触られた。胸元を力任せにまさぐられ下半身のベルトも外されてしまった。
恐怖! 吐き気!
涙がドボドボと溢れてくる。
これはレイプだ。同意なんてしていない。
少しの迷いが、とんでもない方向へと僕を導いてしまった。
毛深く太い指で、太腿から内股へと執拗に触られ、胸元をザラザラな舌でべろりと舐められ、悲鳴をあげた。酒臭い息でそのまま乳首を噛まれ、吸われた。あまりの気持ち悪さに全身に鳥肌が立ち、吐き気がこみ上げる。僕は諦めきれずに必死に抵抗した。
「誰かっ──誰か助けてっ」
このホテルには知り合いはいない。誰も助けてくれない。
それでも諦めたくなくて、誰もいない部屋に向かって叫び、手を伸ばした。
「誰か!」
「このっ、静かにしろ! これ以上暴れるなら縛るぞ!」
彼の手には、僕のネクタイが握られているのが見えた。
最初のコメントを投稿しよう!