【3】

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【3】

 翌日から、イケメン達のプレゼントラッシュが始まった。  花やネックレスや腕輪などの手作りの装飾品に始まり、野菜、穀物と続き、流石に鳥、ブタ、牛と来ると、ちょっと待てそれは結婚式とかの結納的アレではないかとツッコミを入れたくなるようなモノまで届き出したので、村長さん経由で「生き物はやめれ」と伝えて貰った。  どうせぇっちゅうのよ。  鳥はともかくブタとか牛なんか解体出来ませんよ、と言うか目を見ちゃうと無理だった。  いきなり無茶言わないで欲しい。  スーパーで適当な大きさに切られている肉しか見たことも買った事ない女なんですってば。  食べたい気持ちはあったけど、自分では出来ないなぁと思う。限界まで餓えたらやるかも知れないけど。  まあ村長さんやグッドルッキングガイなお兄さん達が既に解体済みの肉の塊や魚を野菜と共に持ってきてくれるので、そのへんは男性に頼んでも良かろう。 ◇  ◇  ◇  そして村に住んで二週間が経った。  私たちが、何よりも嬉しかったのは、この村に【風呂】という概念があり、五右衛門風呂みたいなモノがあったという事である。この家にも付いていた。  立っているだけでジットリとした汗が滲むような湿度の高いジャングルで、風呂がなかったら個人的には耐えられなかった。  それも円形ではなく四角い広めの作りで、湯船の下にスノコ状の木の板が敷かれている。手足を伸ばして気持ちよく浸かれるのだ。  ただし、美香ちゃんと私のどちらかが薪をくべるのと覗き対策を交替で行う必要はあるのだが、そんなものは風呂に入れるという幸せで全てペイ出来る。  近くに井戸もあるので水汲みも大して辛くはない。二人でやればそんなに時間もかからない。  という訳で、現在は美香ちゃんがお風呂中である。 「くぁぁ~っと。ふう、生き返るわあ。やっぱり日本人は風呂ですよねぇーああ極楽極楽。あ、もう少しお湯熱い方がいいです-」 「はいはいりょーかーい。本当にそうよねえ。でも美香ちゃん貴女、たまに年寄りくさい言葉使うわよね」  私は薪を調節しながら笑う。  風呂の窓にはガラスなどというものは当然入ってない。単に窓サイズの穴が開いてるだけなので、立ち上がると裸は丸見えである。  表で見張りしつつ薪をくべる、という仕事を自然に行う分担が出来たのも当然と言える。 「あー、私婆ちゃんっ子だったんで、始終べったりしてたら自然と移っちゃって、へへへ」 「まあいいんだけどね、美香ちゃんが使うと可愛いし。ところで、どうするのよこれから」  贈り物攻勢はいいけど、村を散歩してても外で火をおこして料理するんでも、うるうるした熱い眼差しで少し離れたところからじーーっと複数の男性から見詰められる目のある生活というのは、いくらイケメンばかりとは言え、私には少々ストレスである。芸能人ではないけれど、プライバシーが全くないような気がするのだ。 「んー、私はちょっとお気に入りの子がいるので、もう暫くココに居たいなと思ってるんですけどね。他に行くアテもないですし」  美香ちゃんは、先日の自分のありがとうに顔を赤くしてブンブン首を振っていた可愛い系のミガル君(20歳)に現在ご執心である。三回ほどデートをしたらしい。  デートといっても、川で魚を獲ったり、一緒にご飯を食べたりしてるぐらいのものらしいが。「ミガルってば、手を繋ぐだけで緊張して顔真っ赤にするんですよもうっ!くぅぅぅたぎるわぁ~♪」と耳打ちして身悶えしていた美香ちゃんは、若い女の子と言うよりはスケベ親父のようだった。 「まー、行くアテもないというのは確かなんだけどね」 「千尋せんぱいは、誰か気になる人は居ないんですかー?」 「うーん、そうねぇ………」  みんな格好はいいし、優しいし、純粋にひたむきにアプローチされて嬉しくない訳はないのだが、別にどうしてもイケメンと付き合いたいとか結婚したいという感情がイマイチ沸いて来ない。  そもそも私は30なのだ。  付き合った人が居ない訳でもないし、結婚願望もゼロではない。  しかしながら、お一人様歴も数年に及ぶと、それなりに自分で生活できる収入もあるし、趣味に没頭しようが、休みの日にご飯を作るのが面倒でカップ麺で済まそうが誰にも文句を言われない生活、というものに慣れきってしまっている。  好きな人が出来たらいいな、ぐらいで無理に婚活をしようとか、男が欲しいという気持ちが希薄なのである。  そして、大部分の男性は私より年下なのである。  下は20から上は26、7位だと言う。  30過ぎも数えるレベルで居るらしいけど、全員は聞いたことないので不明だ。  独り身生活に我慢出来ずに嫁を探しに村を出ていった人も何人かいるようなので、若い子が多いのも頷ける。  そして、村を出ていった人が戻ってくる事は、今のところない。  まあ正直食料と風呂は困らない生活だけど、湿度も高く、スコールも結構あるし、娯楽がある訳でもなく、イケメンがいるとは言っても見慣れてしまえば普通の人と変わらない。ついでにいうと服を着るという文化的な生活もない。  嫁になってくれる人がいたとしても、望んで来たい場所ではないように思う。 「まあ、いい人がいたらとは思うけど………女ってだけでもう美香ちゃんみたく若くないし」 「何いってんですか。女なんて30からでしょ色気が出るのは。千尋せんぱいなんて童顔だしチチはでかいし、儚げに見えるわりに頼もしいし仕事出来るし、私が男なら速攻で嫁にしますよマジで!」  体を洗いながら、美香ちゃんに怒られた。  でも付き合ってた男には「お前自分で何でもしちゃって可愛げない」とか言われて振られたし、自分も余り誰かに頼れる性格でもないと言う自覚はある。  甘えるタイプでもない。  きっと女として「守ってやりたい」とか「俺が居ないと」みたいな気持ちにはならないんだろう。  自分が好きなように生きていくのは、結構難しいもんだわ。 「でも、私思うんですけどね、………」  髪の毛を洗い終えてまた湯船に浸かりながら美香ちゃんは呟いた。 「なあに」 「いっそのこと、童貞全部頂くつもりで皆としてあげた方が、彼等には幸せなのかなって。一妻多夫みたいな。  だって、一人に決めたら他の人たちはまた童貞記録を更新し続ける訳でしょう?流石に可哀想な気がするんですよねぇ。  日本だとビッチになっちゃいますけど、ココだとむしろ女神みたいな?  子供もみんなの子ってことで育てるとパパが沢山いていいじゃないですか」 「なっ、ちょっとなに逆ハー発言してるのよっ」  私は近くに誰もいないのに赤面してキョロキョロ見回してしまう。  美香ちゃんは性に奔放だ。  一夜限りのお付き合いという話も何度か聞いたことがあるし、「束縛されるの面倒ですからね。ま、セックスも相性ありますしヤってみて良ければ考えるし、良くなきゃそれっきりで気楽ですよ」と豪語していた。  でも彼女には、一度ヤンデレストーカーな彼氏に束縛されまくり、してもない浮気を疑った男に手錠で拘束されて監禁された経験があるので、どうしても男一人に向き合うのが怖いのだとも言っていた。  未だに真っ暗な場所もダメで少しでも灯りがついてないと眠れないし、車やジェットコースターみたいな体を拘束される乗り物も一切乗れない。  そんな美香ちゃんには、一人に決めないという選択肢はむしろ精神的に安心できて安全に思えるのかも知れない。  だから、美香ちゃんのしたいようにすればいいと私は思う。    男への不信感が強くて奔放にならざるを得ない女と、男に頼る事を潔しとせず縁遠くなる女。  方向性は違うが、どちらも男性に対して不器用なのは同じだ。 「………うん。それが、美香ちゃんにとって一番いいのなら、別に反対はしないわ。  まあ私にはちょっと向いてないから勧めないで欲しいけど」  薪を追加しながら茶化すと、少ししてから、 「………千尋せんぱいのそーゆうとこ、好きっすよ。私、女でもイケるような気がして来ました!もういっそのこと結婚しましょう自分と!!」 「絶対やだ。ほらもうそろそろ出てよー、私もお風呂入りたいし」 「傷心の乙女に何て雑な扱い………はいはい出ますよ出ればいいんでしょ」  美香ちゃんはメソメソと泣き真似をしながら風呂から上がる。 「それと、今日は私からプレゼントがあるのよ。脱衣籠の中見て」 「え?何ですか………おおっ!これはおニューのワンピースじゃないですか!!」 「そうよー、布地を貰ってチクチクとね」 「やっほーーー!!嬉しい!!千尋せんぱーい愛してるぅ♪」  そう。ここ最近の急務は洋服の問題であった。  着てきたものがワンセットずつの私たちは、常に石鹸で洗っては火の側で乾かしては使い乾かしては使いを繰り返していた。  当然乾くまではタオルのような布を巻きつけるだけだ。数時間とはいえ乾くのを待つのも面倒だし、生地の傷みもこれだけ始終使ってればすぐダメになる。  万が一、元の世界に戻れる事があった場合や他の大きな町に行く事があった時に最低限の身だしなみとしてマトモに着られるものがないと困るのだ。ボロキレになってからでは遅い。  だから村長に頼んで、使ってない入口に下げるような布を多めに貰ってきて、美香ちゃんがデートにいったり寝てる時に私のも含めて四枚のワンピースを縫った。  と言っても、長四角の形に縫ったものに、腰のところだけ紐で調節出来るようにしただけの膝丈の簡単なものである。 「私、雑巾すら縫えなくて家庭科2貰った事もある人間ですからね。ホント尊敬しますわ千尋せんぱい」 「また大袈裟な。だけど、これで着てた服は全部洗ってしまっておけるじゃない?  私のジーパンと長袖シャツはまだしも、美香ちゃんは高そうなフレヤースカートに可愛いブラウスじゃない。もう一ヶ月もしたら使い物にならなくなりそうでさ」  パンツとブラは流石に自作出来なかったので後日考えるとして、メインの服は無事な間に保管しとくという考えを聞いた美香ちゃんは、 「言われてみたらそうですねー。マッパで町には行けないですもんねえ。再度日本に戻れるとしても職質コース一直線だし。  流石千尋せんぱいだわ、先まで考えてる。ますます尊敬するっす」  ワンピースをご機嫌で着る美香ちゃんは、とても嬉しそうだった。 「着心地悪かったらゴメンね。私もそんな得意じゃないから」 「全然オッケーですよ。むしろ柔らかい触り心地でサラッとしてて、夜も寝やすそうだし。デートもこれで行こうっと」 「………まあ、腰布だけの男性よりは布地が多いし、って事でね」 「本当にありがとうございました。超嬉しいです!」 「それは良かったわ。じゃ薪担当、お風呂入るわよ私」 「ラジャ!」  元気に表に出ていく美香ちゃんを見送る。私は彼女の明るさに結構救われているし、頼られてると感じることで自分に気合いが入っていた。     ◇  ◇  ◇  数日後。  村長さんの奥さんから、煮豚を作ったから取りにおいでと言われてイソイソと村の中を歩く私は、やはり視線を感じるなぁ、と溜め息をそっとついた。  少ない人数の村だ。  数週間も居ればほぼ全員の人とも顔を合わせるし、世間話的に会話を交わす人達もいる。  勿論、性的なものを感じる人もいるし、そんな気配すら漂わせない人もいる。  でもただ一人、一度も話した事がない男の人がいる。  話した事がない、と言うよりは話せない、と言った方が正しい。  彼の名前はナーガ。  30代半ば位だと思う。格好いい、と言うよりは精悍な顔立ちである。癖のない黒い髪を無造作に後ろで束ねている。  180センチ以上はある屈強な身体で、背中に残る火傷のひきつれたような跡が目立つ。  彼は、私の事を燃えるような眼差しで見てくる癖に、声も掛けてこない。近くにも来ない。ただひたすら見詰めてくるのみである。  気になってしまい村長に聞いたら、 「ナーガは喉をやられててな。話せないんじゃ」  と教えてくれた。  彼が子供の頃に森林火災があり、父親と狩りに出ていたナーガは共に巻き込まれ、父親は亡くなり、助け出されたナーガも無傷ではなく、背中のケガと煙で声帯を傷めたそうだ。  なるほど、喋れないなら話しかけられない訳だ。  その時はそんな感想だけだったのだが、常に痛いような視線を感じるのは彼だけだった。  特に気に入られるような事も嫌われるような事もした覚えもないし、こちらから話すのもおはよう、こんにちは、こんばんは、これから狩りですか?とかそんな簡素な言葉だけだ。  ナーガはそれに対して頷くか首を振る位で、とてもそっけない。  眼差しと態度の落差に戸惑う。  だからこそ気になるのか。  これが好意なのか何なのか自分でもよく分からないが、気がつけば目で彼を追ってしまう事が知らず知らず増えていた。 ーーーーーーーーーー 「えーっと、このジャングルで獲れる果物って、バナナだけですか?」  週に一度か二度、村の人達殆どが集まる夕食の宴の席で、私は村長に尋ねた。 「果物か?あるぞ」 「え?本当ですか?!」  私も美香ちゃんもスイーツに飢えていた。お菓子なんて求めてないから、とにかくたまにはスープとか肉とかの食事ではなくて、バナナ以外の甘いモノを食べたい!と切ない日々を送っていたのである。 「こう、赤い色でな、小さい粒でな。甘味が強くて美味いぞ」  イチゴみたいなヤツだろうか。食べたい、いや獲りに行かせてくださいお願いします。私は身を乗り出した。 「あるんじゃがちょっと遠くてな場所が。片道で丸一日かかる上に、最近では危険な四つ足の獣なんかが出るんでそうそう行けなくてなぁ」 「そう、ですか………」  思わず肩を落としてしまう。  村の人にそんな遠くて危険な所へ行って貰うのなんか頼めないし、私たちが行くのはもっと問題外だろう。 「千尋せんぱい、仕方ないですよ。バナナでなんか別の食べ方がないか検討しましょう」 「そうね」  そこからは最近の狩りでの話や、お勧めの料理なんかの話にスライドしていったが、ナーガがいつの間にか居なくなっていた事に私は気づかなかった。  そして数日後、大ケガをしたナーガが村に帰って来て、私とナーガの関係が変化する事になる。
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