忍れど

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 むしろ、家畜を誰かの手で育成させる牧場主の感覚に違いだろう。精神が、肉体をただの”器”をみなす、そんな覚めた感じかもしれない。  ただ、だからといって、それを煩わしく思わないわけではない忍であった。老成といえば、多少は救われるかもしれないが、まさにその言葉どおり、むしろ少年の肉体の中に”老いぼれの魂”がのっかってしまった違和感かもしれない。それは、しかし、忍という精神の老人の感慨なのか、それとも、それに反発する少年の肉体の不満かもしれない。  朝になると、望むと望まざるとに関わらず少年のへその下で起こってしまう”立ち上がる生理現象”は、多くの大人にとっては、若さのバロメータそのものであった。  だが、覚めた忍の体は、その故にか、その生理現象を起こしたことがない。  無論、少年の健全な、健全すぎる肉体に、その機能がないわけではない。ただ、完全に忍の理性の制御下にあったのであった。  あの、後にブッダ、覚者となったゴータマ・シッダールタも、自分の煩悩、性欲をもてあましたというのに、これっぱかしも悟っていない忍が、それを完全に制御下にしていたのだった。  忍にあるとすれば、無敵の”大悪人”であるという自覚だった。自分が、世界に混乱をもたらすために現れた”悪人”だからだ。  それを矯正するために千枝さまは、忍に厳しい躾教育を施した。  時に体罰をも辞さなかった千枝さまの教育は、苛烈を極めた。だが、それでも、それはいじめとかDVではなかったと、忍にはわかっている。  それほど・・  このまま行けば、彼が”大悪人”になって、世界に破滅を巻き起こす。  それは、ほかならぬ忍自身の実感だったからだ。  幼児の見る、特撮戦隊番組にあって、忍が圧倒的に共感を持ったのは、TVのブラウン管の中では作劇場は負ける”悪の結社”だったからである。  どんなに主人公たちにやられても、翌週には新たな陰謀を実行できるということは”悪の結社”の圧倒的な実力を示していたわけで。  フィクションだからこそ主人公たちは勝てるが、現実に戦うことになれば、悪の結社の圧勝になることは間違いない。それが、覚めた忍の理解であった。  なぜか、  人間がクズだからだ。人間が”悪の結社”の苗床だからに他ならない。圧倒的な闇の前に、なけなしの理性が空しい抵抗をしている。それが人類の社会の正体だ。人類の繁栄というか増加は、明らかに、ほかの生命、生態圏には迷惑至極。それは、人体の中で増殖する腫瘍と同じではないか。とすると、地球生態圏にとっては、人類が少なくともそれに悪影響を起こさない程度まで個体数を減らすことこそが、正義ではないか。  そうだ、生態圏にとっては、人類の存在こそが”悪”なのである。
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