忍れど

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”僕はそれを正すために生まれた存在だ”  いつからではなく、気がついたときには、幼児である忍はそれを悟っていたのである。  もしかしたら、それは、前世からの記憶かもしれない。  どうにも迷信と思うが、そうとでも考えないと、忍の人生経験の中でそのような発想にいたるエポックメーキングな事件を、まったく思い出せないからだ。  その意味では、千枝さまは、忍が”誰か”を熟知していたのかもしれない。  しかし、そのような教育を受けながら、忍はまったく、正義の味方になろうという発想に宗旨替えはしなかった。  悪人であることを悪いことだと自覚し自制するのと、正義の味方になるのは、まったく別の次元的飛躍を必要としているのである。  しかし、あらためて考えてみれば、主人公だからということが大きいが、子供が正義の味方こそわが人生の目標と誤解することが忍になかったのは、やはり尋常なことではなかった。  たとい自分の前世がなんであろうとも、だ。 ”それは、僕が魔王、破壊王だからだ”という自覚も・・  しかし、  おかしい。  どうしてか・・・  そうだ、そんな物騒な魔王をどうして、千枝さまが宿すようなことがあるのか。  あのすばらしい千枝さまなら・・力ある”太陽の戦士”でなければ、間尺が合わないじゃないか。  それが、なんで、僕のような魔王なのか。もしかして・・自分は”拾われた子ども”なのじゃないかと調べたこともあるが、確かに、忍とあの千枝さまは、親子関係にあった。忍は、恐れ多くも千枝様のお腹の中から生まれた、”予定外”の不肖の息子ということになる。  だから、忍を憎くていじめていた・・?  いや、それは、あの千枝さまに限っては、あるまい。あの千枝さまは、忍にとって絶対なのだ。  忍は、当然ながら、母の裸を知っている。美しい、芸術品のようなビーナス像のような裸であった。なまめかしいが、美しい。  悪人ならば、その母親の裸体にさえみだらな欲望を持っただろうに・・  そうだ、その意味で言えば、自分は、千枝さまにこそ、恋しているのかもしれない。  それは、あまりに”悪人”にふさわしい、人倫にもとる背徳の行為であろうか。  しかし、だからといって、母親である千枝さまを押し倒し、みだらな行為を行おうという気にはなれない。  武道の達人たる千枝さま相手に、喧嘩をして勝てる気にならない、返り討ちにあうだけだからという恐怖心も、あるにはあるが・・それ以上のタブー感覚が、忍の中にあった。  しかし、人間は、なぜ、こんなに人倫に反することに”燃える”のだろうか。それを、忍は感じざるを得ない。  その意味では、千枝さまを餌食にすれば、忍は本物の”悪人”になれる・・そんな呪術的発想を抱いていたようだ。
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