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 その夜、涼太が目を覚ましたのは三十分も後の事だった。  薄らと目を開けた涼太は俺を見つけると、顔を真っ赤にして反らしてしまう。 「大丈夫か?」 「……うん。ごめんね、俺……」 「あー、あれは脅かし役だった先輩達が悪ノリしすぎたんだよ。今年の肝試し、ミッションクリアできた生徒ほとんどいないって」  途中リタイアが多すぎると、先輩達は先生達にこっぴどく怒られていた。  涼太はずっと俺を見ようとしない。顔を背けたままだけど、耳が赤いのは見えている。 「……涼太、あのさ」 「俺、一馬が好きだ」 「っ!」  伸ばしかけていた手が止まった。色々考えて、焦って、もしかしてとか期待もしつつ、でもどうしようを繰り返していた事にポンと、正解が投げ込まれた。 「いつから?」 「……多分、ずっと。ずっと、好きだったんだ」  ずっと。それは幼稚園? 小学生? それとも中学生? そんな些細な事はどうでもいいけれど、どうでもいいのに知りたい自分もいる。  俺に背中を向けた涼太が、とても小さな声で俺に告白している。俺は、体が熱くなるのを止められなかった。 「一馬は俺のヒーローで、憧れで……好きな人になった。一馬も俺の事好きだって、思ってた」 「好きだよ!」 「うん。でも、好きの種類が違うんだって、知ったんだ」 「……中学の時の?」 「うん」  思いだしていた。からかわれて、恥ずかしかったのは勿論だった。でもそれ以上に俺が思ったのは、肯定だったんだ。俺の特別は涼太だって瞬時に思ってしまって、それは異常な事で、ハブられるのが怖かったんだ。  好きになるのは女子じゃなきゃいけない。それ以外の答えはもっていちゃいけない。そういう認識があるのに、真っ先に肯定的な答えが浮かんだから、打ち消したかったんだ。 「ごめん。俺……俺ね!」 「分かってるよ。そう言わないと、変な噂立つしさ。俺も今なら、ちゃんと分かる。分かるけれど……あの時は辛くて、苦しくてたまらなくて……それで、避けたんだ」 「……うん」  知ってた。凄く傷つけたんだって、分かってた。だってあの時、俺の拒絶の言葉を聞いた時の涼太、凄く苦しくて泣きそうな顔をしていたから。  あの時、すぐに後悔した。大事な人を失った気がした。喧嘩したら仲直りすればいいけれど、喧嘩にすらなれないこれはどうしたら元通りになるのか、バカでアホで意地っ張りな俺は分からなかったんだ。 「でも、ずっと好きだった。友達じゃなくて、もっと近くにいたくて……自分が変なんだって気付いたら苦しかったけれど、でも……忘れる事も捨てる事もできなかった」 「……毎日、顔会わせるもんな」 「……うん」  同じ高校の同じクラスが三年持ち上がる。仲良くなるけれど、逆にギクシャクしちゃうと辛いんだ。見て見ぬ振りを互いにしてきたんだ。 「だから、言おうと思ったんだ。高校三年で、来年からは別々になるから、その前にちゃんと整理つけようって。ちゃんと振ってもらえば、ケジメつくって」  起き上がった涼太は真剣な目で、俺を見る。静かに凪いだ瞳は、寂しそうだった。 「俺は、一馬の事が好き。友達としてとかじゃなくて、恋愛の好きだから」  答えを求められているのが、無言でも分かる。真っ直ぐに見つめる目が、俺の本心を言えと迫ってくる。  俺は焦っていた。自覚した感情を言葉にするのがいいのは分かっている。俺も涼太が好きだ。これを、素直に言えばいいのか? ここまでコイツを悩ませて、最初に拒否したの俺なのに、今更好きですって言うのか?  でも、言わなきゃ後悔する。来年はきっと別々だ。ここでまた違う事を言ったら、俺達は友達にも幼馴染みにも戻れない。  それに、嫌なんだ俺も。コイツの隣りに知らない誰かが並んで、幸せそうに腕くんだりするのを想像するだけで、嫌なんだ。 「……よろしく、お願いします」 「…………え?」 「え?」  しばし気まずい沈黙が流れる。  俺はパチクリと涼太を見た。告白されたから、自分の気持ちと向き合って答えを出した。普通これって両思いってことで、抱き合って「嬉しい!」とかいう流れじゃないの? なんなら勢いでチューくらいしてもいい感じじゃ……  涼太は顔を真っ赤にして、口元を抑えている。え? 何この反応。ってか、勢いで進んでくれたほうが恥ずかしくないというか…………なんなの!! 「いや、だから俺もお前の事が好きだって言ってるんだけど!」 「いや、だって……拒否った……」 「あー、あー、あれな! うん、俺悪いよな! そうだよな!」  そうだとも、悪いのは俺だよ!  視線を逸らしてぶつくさしている俺の肩に、ふと手が触れる。横目で見ると涼太は、知らない顔をしていた。戸惑いながらも、甘い瞳だ。  エロいな。そんな事を思った。 「本当?」 「ここで『うっそー!』とか言うほど、俺性格悪くない」 「……うん。そうだね。本当に、好き?」 「だから!」 「じゃあ、キスしてもいい?」 「っ!」  甘く見つめる瞳がジッと俺を見ている。にじり寄るようにされたら、押し倒される。座っている俺を四つん這いで追い詰めた涼太はそのまま肩を後ろに押す。あっけなく倒れた俺は、涼太の男の顔を初めて見た。  色っぽいし、なんかゾクゾクした。確かめるように手が俺の頬を撫でて、それだけでゾクッとする。  なんだよ、この感じ。触られるだけでゾクゾクしてくる。凄く意識している。これでキスとか、俺どうなっちゃうんだよ。 「んっ」  片手を頬に添えられたまま、近づいてくる涼太の顔をまともに見られなくて目を閉じて顔を横に向けた。  それでも涼太は頬から顎へと手を滑らせて正面を向かせると、そっと唇を重ねてくる。  意外と、柔らかい……  気持ちいい柔らかい唇が触れている。ここまでで、まったく拒否感がない。それどころか案外あっさりキスしたなと、そんな事を思っていた。  けれど次に舌が唇を割ってきたのには驚いた。目を開けると涼太はこちらをジッと見ている。そして舌が口の中へと入ってきて、擽るみたいに触れてくる。 「んっ、んぅ……んぅぅ!」  なんか、痺れる。口の中、気持ちくて凄い。背中に電気流されてるみたい。ちゃんと考えられない。  舌があちこちに触れて、絡まって、吸われて。大人の気持ちよさは染みてくる。これでオナニーしたら絶対に、あっという間にイッちゃうんだろう。 「一馬、可愛い……」  唇が離れて、うっとりとした涼太が笑いかける。景色が少し歪んで、顔の全部が熱くて、心臓はバクバクしていて、腰が抜けた。 「一馬、俺もっとお前に触れたい」 「触れる……どこに?」 「全部に」  全部って、なんだろう。具体的じゃない。でも俺は求めているんだろう。この先の、もっと気持ちいいこと。  頭の中真っ白で熱くて働かないまま、俺は頷いていた。  上に陣取った涼太が俺の首筋にキスをしようとする。息が掛かるだけで、熱を感じるだけでなんだか震えそうだ。これ、きっと気持ちいいにちがいない。  そんな予感がしていた。なのに…… ドンドンドン! 「っ!」 「っ!!」 「おーい、一馬! 涼太大丈夫か? 悪かったから、菓子の差し入れ持ってきたぞ」  ……残念なような、これでよかったような、そんな感じでパッと目が覚めた俺は涼太の下から這い出して乱れた服を直した。  一方の涼太は今にも人を殺しそうな目をしている。 「一馬!」 「はいはい、今開けますって!」  電気をつけてドアを開けると、お化けじゃない先輩がポテチ2袋を持っていた。そしてこちらを睨む涼太を見て、ギョッとした。 「……俺、お邪魔?」 「帰ってください」 「あの、ここ壁薄いからね?」 「……はぁ」 「あはは」  まぁ、これでよかったんだろうと思う。  退散した先輩から貢がれたポテチを置いて、俺は涼太の前に座る。そしてすっかり落ち込んでいる涼太の頬に手を添えて、ちょんと触れるだけのキスをした。 「宿題しに、お前の家いくからさ」 「……! うん!!」  ほんと、現金な奴。  機嫌を直した涼太はやっぱり単純な部分もあって、俺はニカッと笑う。  俺達の夏休みは、まだまだ残っているみたいだ。 END
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