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 合宿は問題なく進んでいる。窓を開け、扇風機で過ごす教室は静かで集中できる。携帯も没収されて、マンガもゲームも持ち込み禁止じゃ諦めるしかない。  それに山の中はけっこう涼しい。近くに踝辺りまでしかない小川が流れているらしくて、そこから涼しい風が流れてくるんだという。  補講を受けたり受けなかったり、談話室でクラスメートとバラエティ見て騒いで、女子にシラッとした顔で見られたり、飯が三食美味かったり。  勉強漬けだけれど悪い気はしないまま、日中は過ぎていく。  けれど問題は寝る前。十時までに風呂も洗面も終わらせて部屋に戻るルールで、トイレ以外は許されていない。部屋で予習復習をしろということだ。もしくは寝ろだ。  涼太と二人、頭付き合わせて勉強するのは微妙に落ち着かない。互いにハーパンにTシャツという格好で、ガシガシシャーペンを動かす音しかしていない。  変に意識させられる。夏だからという以上に喉が渇くのは、緊張しているから。 「どうかした?」 「!」  ふと掛けられた声に驚いて顔を上げたら、思いきり視線がぶつかった。というか、考え事をしながら手も動かさずに俺は涼太を見ていたんだ。 「もしかして、分かんないとか?」 「あっ、いやぁ!」 「だよね。俺より一馬の方が頭いいし」  そういう涼太の手も止まっている。 「涼太の方こそ、分からないんじゃないのか?」  空気を軽くしようと俺は茶化すように言う。すると涼太はなんだか困り顔で頬をかいた。 「うん、実は」 「マジか。え? どこ?」 「ここなんだけど」  手元を覗き込むと、応用問題の一つで引っかかっている。  俺は隣りに席を移して、持って来ていた教科書を引っ張り込んだ。 「んと、これはこっちのやり方をまずは持ってきて……」  涼太の方へと向いた俺は、意外な近さにドキドキした。それは距離だけじゃ多分ない。涼太は耳まで真っ赤になって俺を見ていた。暑い中で、相手の熱を感じる距離。俺は慌てて立ち上がって涼太に背を向けた。 「あの、俺もう寝るわ!」 「あっ、うん。そう、だね。もう十一時だしね」  涼太がテーブルを隅に寄せて、俺は布団を敷いて。そうして互いに背中を向けて電気を消した。  それでも落ち着かない。近づいた時、俺はあいつの唇とか、目とか、そういう場所ばかり見ていた。柔らかそうで、気持ち良さそうな感じがした。 「……ねぇ、一馬起きてる?」 「……ん」  静かになった部屋の中、互いに背中を向けたままでかけられる声。俺は気の無い返事をしたけれど、内心はドキドキしっぱなしだ。 「一馬はさ、好きな人とかいる?」 「へ?」  突然どうしたんだ。俺は戸惑ったし、少し心が痛んだ。男同士だって恋バナくらいする。誰が可愛いとか、付き合いたいとか、アイドルとか。  だから別に変なことじゃない。最近涼太とちゃんと話してなかったから出なかったワードで、他の奴とはしてるじゃないか。 「お前はどうなんだよ」  まさか、お前が一番気になるなんて言えない。  だから質問で返したら、黙り込んだ。気まずい沈黙が続いた後で、涼太は唐突に口を開いた。 「いるよ」 「……マジか」 「うん。実はね、告白しようと思うんだ」 「マジか!」  思わず大きな声が出て起き上がった俺に驚いた涼太が、おずおずと頷く。  なんだか、ズキリと痛む。不安で、嫌だってはっきり思う。お気に入りのものを取られてしまうような、そんな不安だ。  でも、俺に何が言えるんだ。告る勇気どころか、自分の中にある気持ちすら認めてやれない奴がコイツを引き止めていいわけがない。 「……頑張れよ」 「……うん」  俺は布団に戻って今度こそ寝ようとした。けれどこの夜、俺は結局明け方まで眠れなかった。
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