冷たい部屋

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 ようやく五階に辿り着くと幸子は息を整えて、タスキに掛けたバッグからゴソゴソと鍵を取り出してドアを開けた。鍵には日光の『鈴鳴龍(すずなりりゅう)』のキーホルダーが付いている。穴の無い鈴のキーホルダーだ。幸子はドアを開けると手探りで電気のスイッチを入れて、鍵を壁のフックに掛けた。チリンチリンと健気(けなげ)な音が鳴る。キーホルダーは御守りにと郷田が幸子に買ってくれたものだ。  キッチンの電気をつけ、続きのリビングダイニングの明かりをつけた時、幸子はレースのカーテンが僅かに風に(なび)いているのに気付いた。『しまった。朝、洗濯物を干した時に閉め忘れた?』幸子は自分の不用心さに『年だわ』と呟きながら洗濯物の取り込みは翌日に回す事にして、掃出(はきだ)し窓をパシッと閉めて鍵を掛けカーテンを二重にシャッシャッと引いた。  マンションは2LDKでさほど広くはないが子供を諦めた夫婦にはこれくらいで十分だろうと購入を決めたのだ。もうそれはニ十年近く前の事だがマンション自体は築三十年は軽く経っている。  幸子が上着を脱いでテレビをつけようとリモコンをテレビに向けた時だった。  『えっ……‼』  黒いテレビ画面に人の姿が映り込んでいた。幸子は驚いて振り返った。途端、幸子の手からリモコンがスルリと落ちて硝子のテーブルに、ガチャンッ‼ と派手な音を立てた。  開け放した薄暗い寝室の中で夫の道夫がベッドの端に座り、じっと幸子を見ていたのだ。  『あっ……』  締め切った部屋の動きようの無い空気が、さっと微風となりノースリーブのむき出しの幸子の二の腕をすうーっと撫でた。幸子の心は一瞬でひんやりと冷えた。
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