ポン太

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 早く会社に戻らなくてはとんでもないことになってしまう。青ざめ、看護師や医師が制止するのも振り切り、病室から出ようとした。  人間らしい生活を二年近くも送っていなかった私の心は、とっくに麻痺していたのだと思う。会社の狙い通りの歯車と化していたのだ。  しかし、私が倒れたと聞きつけ、宮城くんだりから東京まで駆け付けてきた母に泣きながら叫ばれた。 『そんな思いをさせるために、東京へ行かせたわけじゃないよ!』  泣かれるとは思わなかった。私が体を張ることが、肉親を悲しませる結果に繋がるなんて、未熟な私は思いもしなかった。衝撃だった。  そこで私の目は……まあ、完全には覚めなかったけれど、幾分かは覚めた。会社の支配に少しの疑問を抱くきっかけになったとは思う。  実は母は、帰省の度に痩せて頬がこけていく私をずっと案じていたらしい。  そして母に言われてスマホの電源を切って会社との接触をシャットアウトし、入院しているうちにどんどん正気を取り戻していった。  最終的には退職届を郵送で送り付け、恐怖の歯車生活から脱したのだった。  あれだけ身を粉にして働いていたのだから、直属の上司が「雨宮さんはうちの会社に必要な存在です」なんて言って、手土産持参で土下座する展開を妄想することもあった。  しかしあの極悪非道のブラック企業からはなんの音沙汰もなかった。  エラーを起こした歯車は廃棄されるだけだ。いくらでも替えはいる。ガソリンを自腹で支払って外回りをするのも、終電を逃して資料を作るのも、私じゃなくてもよかったのだ。
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