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会話をした猫が、常に私と話した内容通りの行動をするので、こじらせ厨二が設定したエセ能力なんかでは決してない。
幼い時、みんなも私と同じなんだって思っていた。それで友達や母にその体で話を振ってしまったことがある。
そうしたらまあ案の定、友達からは嘘つき呼ばわりである。
母はそういう時期なのねーと微笑ましく流してくれたけれど。友達のドン引きした冷たい目付きは、軽く……いや、かなりトラウマである。今でも。
そういうわけでこの能力については他言無用なのだ。
特に実生活に役立つ能力ではないけれど、こうして猫との会話をすることが心の拠り所となり、安らぎを得られるのだ。精神的な傷をリハビリしている今は特に。
こちらに出戻った日に外をふらふらしていたらポン太と出会い、それからは毎日こうして会話をしに赴いていた。
潮騒が少し遠くに聞こえ、猫の被毛が潮風に靡く情景は、なんとも心を落ち着かせてくれる。
――でも。失業保険が切れたあとのことも、考えておかないとなあ。また東京に戻るか、宮城で職を探すか……。憂鬱だ。
そんなことを考えているときだった。
「この猫の飼い主の方ですか」
いきなり背後から話しかけられて、心臓が飛び出るほど驚いた。その声には愛想が全くなく、憎々しげに言っているようにも聞こえた。
「え、ち、違いますけど」
振り返り、驚きのあまり声を上ずらせながら答える。ひとりの男性が立っていた。年齢は三十台半ばといったところか。
小太りで、何か月も散髪していないと思える髪に、よれたネルシャツ。少しだらしなそうな印象を受ける。
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