ポン太

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 少し離れた場所から見つめる私にはまだ気づいていないらしい。悠真くんはあぐらをかき、暗くなりつつある海を見据えていた。彼の膝の上に、ポン太が顎を乗せてスヤスヤと眠っている。  とりあえず、ポン太が悠真くんの元に留まっていてくれたことに、私は安堵した。  気まぐれな猫が、2時間も人間のそばを離れないなんて驚くべきことだ。それほどポン太が彼に懐き、信頼しているということだろう。  すぐに透魔さんに連絡しようとスマートフォンを手に取ったが、思い直してポケットにしまう。 「悠真くん、戻ろうよ」  ゆっくりと歩み寄り、何気ない口調で言った。咎めるわけでも、宥めるわけでもなく。いつも猫又でポン太の話をする時と、同じような口調で。  悠真くんはびくりと一瞬肩を震わせると、座ったまま恐る恐る振り返った。 「ーーお姉さん」  少し安堵したように言った気がした。猫又の従業員でもなく、保護者でもない私だったかは、叱責される可能性が低いように思ったのだろう。 「戻ろうよ」  もう一度言う。すると悠真くんは俯いた。私は彼の隣に腰を下ろして、海を眺めた。しばらくお互いに何も言わない。潮騒の音のみが場に流れた。 「ポン太と一緒にいたいんだ」
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