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頭を垂れたまま、か細い声で悠真くんが言う。ふと彼の方を見ると、膝の上では相変わらずポン太が眠っていた。時々ピクピクと、前足の先や耳を動かしている。
「どうして?」
「猫が好きだから」
「それだけ?」
「え?」
「お父さんのこと、関係ある? 見当違いだったらごめんね」
私がそう言うと、再び押し黙る悠真くん。私は海の彼方に視線を合わせた。小さな離島の先に、白い船がゆっくりと漂っているのが見えた。
「――あのね。自分の思いを言わないと、相手が傷つくこともあるみたい。私も最近知ったんだけどね」
勤務中に倒れて病院に運ばれた時に、駆け付けてくれた母の涙。あれを見た瞬間、ひどく心がざわついた。私はなんてことをしてしまったのだろう、と。
大切な人が辛い思いをしている時に、気づかずにいると。何もできず手遅れになってしまうと。後で己を責めることになってしまんだ。
どうして私はあの時、気づかなかったんだろう。
「それにね。ちゃんと言わないと、お父さんには何も伝わらないんじゃないかと思う」
少し前の自分に言い聞かせるような気分だった。悠真くんのお父さんは、彼を愛していないわけじゃない。
ただ今は、別の重要なことに気を取られていて、彼の変化に気づく余裕が無いのだろう。
「俺……」
悠真くんが何かを言いかけた、その時だった。
「悠真!」
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