ポン太

6/79
前へ
/236ページ
次へ
 彼は私を忌々しそうに睨んでいた。 「猫嫌いなんです。かわいがるんなら飼ってくださいよ」  つっけんどんに早口でそう言われて、虚を突かれる。しばしの間理解が追い付かず、返答できなかった。 「あ、いや、うちは飼えなくて。母が猫アレルギーで」  うっかり家庭の事情を漏らしつつもそう答えると、彼は私を睨みつける瞳に、さらに鋭さを込めた。 「どうにかしてください。猫が家の周りをうろうろしているだけでストレスが溜まるんです」 「どうにか?」 「飼い主を探すとか、保健所に連れていくとか、いろいろあるでしょ」 「保健、所」  あっさりと言うが、保健所がどんな場所か彼は知っているんだろうか。  親切な公的機関のような名前をしているが、猫を保護して一生涯面倒を見てくれる施設では決してない。  一定期間預かって貰い手がいなかったら、ガス室に入れられて、呼吸困難にされて、殺処分させられてしまう場所なのである。  幸い、ポン太は保健所が何の施設かを存じてはいないらしく、人間同士の会話に興味もないのか、目を閉じてかわいらしいお腹を規則正しく上下させていた。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

739人が本棚に入れています
本棚に追加