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ーーすると。
ぺろりと、悠真くんの顎をポン太がひと舐めした。彼は、驚いたように目を見開く。ポン太は彼を見つめてにゃん、と短く鳴く。
『どうしたんだ? とりあえず飛び降りんのはやめようぜ』
軽い調子でポン太が言う。もちろん、その言葉は私にしか届いていないだろう。しかしそのガラス玉のような瞳は、悠真くんにまっすぐと向けられている。
猫にだって感情がある。人を思いやる心も。懐いた人間を元気づけようとする気持ちだって。
少し顔を上げた悠真くんと、ふと目が合った。切なげな光を宿している双眸。私は彼に向かってゆっくりと頷いた。瞳に先程彼に伝えた言葉を込めて。
すると悠真くんの瞳から、大粒の涙が溢れ出てきた。ダムが決壊したかのように、どんどん流れ出し、顎を伝って滴り落ちていく。ポン太の額にも一雫落ち、ぴくりと眉間の皮を動かす。
「悠真……?」
立ち尽くしたまま、無言で落涙を続ける悠真くんを、虚をつかれたような面持ちで見つめる彼のお父さん。
ーーすると。
「……びしい」
悠真くんが蚊の鳴くような声で、何かを口にした。「え?」と、彼のお父さんが聞き返す。
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