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そして 久城教授と石川宮司により 「摩吽烏」について語られます
摩吽烏とはの 民間信仰と言うか 宗教の一つなのか かの坂上の征夷大将軍の時代にはすでに この青森域に広がっておったと言う古文書もあるが
実際は 蝦夷地にも同様の信仰があったらしいし
いやいや まあ はるか古代とまでもいかぬが かなり早い時期にあったらしい
その後 歴史にチョロチョロ顔を出すも 例えば 伊達独眼竜が制圧隊を出したとか 松前藩ではたびたび 禁じられたとか
そして 表舞台に登場は 明治の戊辰戦争じゃな 函館の激戦にてしばしば。薩長の官軍の兵に 目撃されとる
兵士を喰らう 牛頭 馬頭 そして 空を飛ぶ烏人の姿を
しかし それが はたして 「摩吽烏」の物か?は定かではないがの
北海道区 東北区青森域の北に 「摩吽烏」教の拠点があったのは本当らしい
次は 大東亜戦争末期 大空襲での焼け野原に やはり 牛頭 馬頭が目撃されておる
どうも 世の中が乱れると 出現するような気もするが。。。。。
と、ここで一息ついた 久城教授
その後を継いで 石川宮司が語ります
その後 終戦 戦後 とくに文書は残っておらぬが それは 人々が 余り気にしなく成ったのか? 「摩吽烏」教そのものが 深く潜航してしまったのか?
次に 私が伝聞したのは かの一次東北震災のあとじゃな やはり瓦礫の近辺に 牛頭が出現したと
そうそう 関西一次大震災でも 牛の頭を持つ者が出現したと後に聞きましたが それも はたして「摩吽烏」かはわかりませんね 場所が遠すぎるし ああ 失敬 話が逸れました
一次東北震災のあと 町を暴徒や強奪者が現れたと聞きましたが その前触れとして 空を大きな鳥が飛び 粉を撒き散らしたと噂が広まったこともありましたね
と それを聞いた 御影石くん 「粉をですか そういえば 発掘隊員が狂ったように狂暴化したのもそれが原因ではないでしょうか? 僕も 変な粉が空から舞ってくるの見たし いやいや その前に 確かにオウルマン(西洋のふくろう男)みたいのが飛んでいくの見てます」
そこへ 鶴見記者も「はい 私達がここを辞しての帰り道 青森域の拠点防衛隊本部前を通過中 確かに 何か粉雪みたいなの舞っていました それで 急に 巡回から戻った防衛隊員達がおかしくなって 基地の各個ミサイル防衛車輌反対派の座り込みをしていた村人に暴行始めたんですよ はじめはやられっぱなしだった 村人もいきなり狂暴化して反撃 そこで大乱闘になったのです」
「なるほど そういうことだったのですね お嬢さん あなた達の車が 神社前まで逃げて来たのは」
「はい そうです 防衛隊員も村人も皆 襲いかかって来たので 車で逃走したのですが 神社前で 逆方向から来た群衆に囲まれて。。。。。それで 私を逃がすため あのぉ カメラマンの本牧さんが 飛び出して 囮に。。。。。 彼はどうなってしまったのでしょうか?」
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