31. 目前

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どうしてもこの明るい雰囲気に流されてしまう、 浩子は「待っている」のかも知れないのに。 もう待ちくたびれているのだろうか? それとも…? 次の機会に…? いや「次」なんてあるのだろうか? とは言いながら、 切り出せないのは僕だけではない 浩子とて同じ気持ちなのではないだろうか? だからこそこうして遠回しに 牽制しあってるのだろう。 許されるのであれば この状況を互いに楽しみたい、 そんな思いからの躊躇ならば 決してマイナスではない。 互いに想いを育んでいる、と思えば それもまた意味のあるやり取りなのだ、 僕は自分に無理やりそう言い聞かせた。 機が熟すのを待つことは 決して悪いことではないのだから もうその時は目前まで迫っている、 そんな気すらしていた。 こうして結局この日も何の進展のないまま 会話を続けている間に いつもの帰り道まで来てしまった。 「じゃ、いつものとこまで」 「あ、今日はこっちから帰るよ」 浩子は普段は避けて通ろうとしない ルートを指差した。 「大丈夫?」 「うん、今日は…多分ね、気持ち的にも」 「そっか、送っていこうか?」 「ううん大丈夫、すぐそこだから」 「じゃ俺帰るよ、気をつけて」 「うん、またね」 僕は浩子が角を曲がる時 手を振るのを見届けてから背中を向けた。 浩子の家まではこの道からならすぐだろう。 何の心配もせずに家路へと向かった。 何故僕はこの日 浩子を最後まで送り届けなかったのだろう? 悪い予感など微塵もなかった、 からかも知れない。 それでも、今思うと 無理にでも送って行くべきだった。
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