04. 黎明

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「えっと…」 返す言葉も 次の行動も 考える余裕はなかった。 「ねえ、早く拾ってくれない?」 「うん、じゃ、悪いんだけど足をちょっと…」 「あ、これ?ごめんね」 そう言うと浩子は何事もなかったかのように 僕の椅子から足を外した。 これまでの苦悩から一瞬で解き放たれた。 色々と疑念を抱いていたが 浩子のこの行為は 意地悪でも嫌がらせでもなかった きっと無意識だったのだろう、 僕はこの時そう思った。 ようやく自由の身になった僕は 体を屈めて浩子が落とした消しゴムを拾い そっと手渡した。 「かわいい消しゴム使ってるね」 「らしくない、って思ってるでしょ?」 「そんなことないよ」 「ふふ、ほんとに思ってる?」 この日はたったこれだけの会話だった。 授業が終わると浩子はまたいつもの浩子に戻り その先の会話は生まれなかった。 気まぐれ、だったのだろうか? ただ単に本当に消しゴムを拾ってほしかった、 ただそれだけだったのか? この日のこのやり取りだけでは 計り知れない部分はあったものの 何故か僕の気持ちは妙な(たかぶ)りを覚えていた。 初めてもたらされた浩子とのコンタクト… あの無愛想で塩対応が常だった 浩子が見せたほんの一瞬の笑顔が しばらく脳裏に焼き付いて離れなかった。
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