ひとつ、ふたつ、みっつ。

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 私の勤める株式会社シェルデザインは、社員10人足らずの小さな広告制作会社だ。にも拘わらず、この割と高層のオフィスビルの一角に、でんと拠点を構えている。  社長は営業畑の人で、まさに昭和のノリそのまま。平成生まれの私たちデザイナーは毎度苦労させられている。それでも制作部はまだ甘やかされている方なのか、春に入った新入社員は彼も含めて未だ健在。反して社長直属の営業部は、入った側から辞めていく。半年持ったらいい方だ。だから常に人手不足、年中、中途採用をしている始末。おかげでクライアントとの打ち合わせや各方面への連絡諸々、担当デザイナーが個々にこなすのが最早当たり前になっていた。  13:58。ワンコールで応答、デジタル時計が丁度、8のシルエットを壁に刻んだ時だった。 「お世話になっております。シェルデザインの高宮です」  はあ、肩バッキバキ。 「只今入稿させていただきましたので、はい、不備等ございましたらご連絡下さい。はい。よろしくお願いいたします」  ふう、とひとつ息をつきながら、じわじわ受話器を下ろす。先に電話を切るのが失礼だなんて誰が決めたんだろう。本当、まだるっこしい。 「高宮さん!」 「…ん?」  また彼だ。私のピリピリオーラが抜け切るのを待っていたのだろうか、椅子を弾くより先に私の名を呼んだ。 「これ、コンビニであれなんですけど」  私のデスクに脚をぶつける勢いでやって来て、ビニール袋をガサンと置く。 「え、いいのに…いくら?」 「いやいや、俺からの差し入れなんで、気にしないでください」 「そういう訳にもいかないよ、私先輩だもの」 「いや、本当に…」 「やった!冷やし担々麺じゃん、好きなのコレ。ありがと」  いくらか訊かなくても、パッケージを見れば書いてあるに決まっていた。こう、締切終わりはどうも変に気が抜けていけない。  財布から500円玉を取り出して持ち上げる。 「はい、ありがとね」  それだけの動作でもう、押し付けることは容易かった。なんせ近いのだ、距離が。彼の胸の真ん前、丸く薄いこがね色。 「受け取れません!」  それでも首を振るので、肘を伸ばして思い切り。これを鼻先に突き付けてやる。 「だめ」  頑なに拒む彼は、徹底した守備を見せていた。ぐむっと両手を後ろで組んで、尚もいやいやと受け付けない。 「頑固者」  ようし。それならこちらも強硬手段だ。私は立ち上がってすれ違いざま、彼のカーゴパンツのポケットへ捩じ込んでやる。 「あっ」 「お昼、またさっと済ませて来たんでしょ。立て込んでないんだから、ちゃんと休憩しなよー」 「高宮さっ…!」  彼の抗議は門前払い。私はオフィスの戸を押した。
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