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ひとつ、ふたつ、みっつ。
ストンとひらけたウィンドウ。雲が、追われる羊のように流れゆく。それが私とするならば、さしずめ羊飼いは――いやいや。だから、そんな暇は無いんだって。
青空を着るビルディング、緑の傅く天守閣。「この景色拝みながら仕事できるやなんて、ほんま果報者やで君ら」だなんてよくも言えたものだ。そんな余裕、あったらこのでっかい窓に映してみろっての。
特に今日みたいな快晴の昼下がりなんか、反射で画面が見にくいったら。
「高宮さん!なんか手伝いましょーか?」
「…んー」
チラと画面の右上に目をやった。13:23。締切まであと40分も無い。指示を出すのと自分でやるのと。どちらが早いか、2秒もあれば答えは出た。
「大丈夫ありがと。お昼取った?」
私は彼の方を見もせず最速早口。マウスを鬼のように動かしつつ、キーボードの端では左手が常にスタンバイ。
それでもちろちろ、視界に映り込んでくる。
「まだです」
カチッ。
「早くしないとランチ終わっちゃうよ」
タタン、カチッ。
「高宮さんこそ」
カチカチ、タン。
「…私はいいから、行っといで」
あと5点か。マウスを叩き、フォルダをスクロール。このペースならギリ行けそう。画像を読み込む一瞬でやっと、傍らに立つ、いやデスクに両手を付きつつ上から私を覗き込む、彼を見る。
「行かないの?ほら、道重さんたちそわそわしてるよ」
言い終わらぬうち、私はマックとにらめっこ。持てる全ての速度を両手に込める。
「あ…はい」
タタン。キーを押し込む音に掻き消されそうなその声を、果たして聞いたか聞かないか。気づくと、彼に塞き止められていた涼風が、私の肌を滑っていた。
「お昼行ってきまーす!」
「行ってきます!」
「…まーす」
扉の閉まる音なんかもう耳を掠りもしなかった。空腹を忘れるくらい、私は完全に集中モードへギアを入れた。
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