コスパ最強フェンサー

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 朱色の布地に煌びやかな装飾が施されたその着物に、黒と白の花飾りがついた金色の長い髪が丁寧にセットされていて美しく映える。その大きな瞳にピンクの口紅が塗られた小ぶりの唇、スタイルの良さ。美しい容姿は周りの人々を魅了し、注目を集めていた。 「明けましておめでとうございますっ」  不覚にも楓に目を奪われていた俺は冷静さを取り戻し、表情を取り繕う。 「明けましておめでとう」 「ちょっと、こっちにもいるわよ」  茜が肘で俺の脇腹を小突く。 「おお、明けましておめでとう。茜も可愛いぞ」  楓が注目を集めていたが、実際に茜も着物がよく似合っていた。ピンクを基調にした着物に黒の帯。薄めのメイクがしてあり、綺麗な黒髪にはウェーブがかかっていて、いつもより大人っぽい印象だ。 「ううっ。…………ありがと……」 「なんか苦しそうな声が出たけど大丈夫か?」 「なんでもない!」 「ふっ、みんな相変わらずだね」  一月五日、いつもの四人で初詣をした。五日にしたのは、俺の発案だ。わざわざ人の多い日に初詣をする必要はないだろうという意見だ。別に一日だろうが五日だろが、御利益に変わりはないだろう。神様はそんなにケチ臭いヤツではないはずだ。  もちろんどうしても一日に初詣をしたいという意見が出たら俺は従うつもりだった。そこで争っても何も良いことはない。それはコスパが悪い。だが、反対意見は出なかった。  場所は寒川町の寒川神社。俺の住んでいる茅ヶ崎市の北に隣接した小さな町だ。神奈川県三大神社の一つと呼ばれながらも(諸説ある)、他の二つ鶴岡八幡宮と川崎大師(川崎大師は神社ではないという声もあるが細かいことは気にしない)と比較すると、圧倒的に人気がないが良い神社だ。   俺は毎年ここで初詣をしているという話をしたところ、三人が行ってみたいということになった。  今日は薄い雲が空一面に広がったあいにくの曇天だが、心は晴れやかだ。 「それより航はなんで私服なのよ」 「いや、着物なんて持ってないし。男子なんてそんなもんだろ。進がおかしいんだよ」 「おかしいとは酷いな」  長身の進は紺色の着物をかっこよく着こなしていた。周囲の視線を集めていたのは進もだったかもしれない。  三人の着物が絵になっていて、俺は完全に場違いだった。逆に目立っていたかもしれない。進の陰に隠れるようになんとか気配を殺すことに専念するしかなかった。  賽銭箱までは五分くらいですぐに辿り着き、全員で同時に投げ入れる。 「どんなことをお願いしましたか?」 「俺は現状維持だな!」 「ふふ、航らしいですね」 「あれ? これって言っちゃったら叶わないんじゃなかったっけ?」 「なに⁉︎」 「じゃあ航は現状維持できないってことだね」 「しょうがない。現状よりも向上するということか」 「楽観的ね~」  四人は賽銭箱のすぐ側の御神籤を引いた。 「僕は吉だ」 「私も吉です」 「やった! 大吉!」  嫌な予感を感じながら、視線を落とす。 「小吉だ」 「まあ、でも書いてあることの方が重要って言うからね」  進のフォローを受け、更に視線を下げる。  願事 努力すべし  待人 努力すべし  学問 努力すべし  恋愛 努力すべし  旅行 努力すべし  商売 努力すべし  失物 努力すべし 「……なあ、この御神籤、手抜きじゃないか?」 「すごいですね」 「こんなの初めて見たわ……」 「神さまはなんとか君に努力させたいみたいだね……」 「余計なお世話だ!」 「それじゃあ、それぞれ別れて屋台で好きな物買って分け合おうぜ」 「ちょっと待て、航」  歩き出そうとした俺を進が制止する。 「この人混みの中を着物の女子一人で歩かせる気か?」  あまり人気がないとはいえ、まだ初詣の時期だ。特に屋台の並んだところは人でごった返している。 「すまん、すまん。それじゃあ男女別でグーパーするか」  俺は女子に背を向けて手を出した。 「グーとパーで、はい!」  進とはタイミングが合わなかった。進は冷やかな視線で睨んでくる。 「航、ふざけてるのかい?」 「いやいや、大真面目だから」 「ぷふっ!」  後ろでは堪えきれず、楓が噴き出した。両手で口元を押さえ、背中が震えている。茜は腹を抱えて大笑いしている。 「何それ! めちゃくちゃダサッ!!!」 「いや、ダサいとかじゃなくて! 俺の地元ではそうやってたんだって!」 「よし、楓! 私たちもグーパーするわよ! グーとパーで、はい!」 「ぷふぅっ! やめて茜、笑いすぎて……、お腹いたい……」 「そんなに面白い⁉︎」 「あーあ、楓は笑い出すと止まらないからな~」  結局五分以上かかったグーパーの結果、俺と茜、進と楓のペアに決まった。 「ここのじゃがバターは美味いぞ~」 「……」  なぜだか静かになった茜を不審に思い、振り向いた瞬間、対向する人の肩にぶつかり茜がよろめく。 「きゃっ!」  俺はなんとか腕を伸ばして茜の腕を掴んだ。 「大丈夫か?」 「うん、ありがと」 「危ないから、服掴んどけよ」 「……」  またしても静かになった茜に、顔を覗き込むように尋ねる。 「おい、体調悪いのか?」 「…………て……」 「て?」 「……手が良い」 「え?」  茜はハッとして、勢いよく弁明する。 「あんたの服は汗で濡れてそうだから、手の方がマシって意味よ! 勘違いしないで!」 「あっ、そういう意味か……って、そんな汗かいてないからな!」  俺は振り返り、左手を差し出す。 「早く行くぞ」 「うん」  その時の二人の頬はりんご飴のように真っ赤に染まっていた。  先に約束の場所に着いた俺と茜は小さなベンチに座っていた。入口の鳥居のすぐ横にある通路なのだが、意外な穴場になっている。  俺たちは他愛のない会話をしながら待っていると、楓と進が並んで歩いてきた。その美形の二人組は着物が板についていて、とてもお似合いで……、少し悔しかった。  俺は楓のことが好きだ。  楓の強さが、美しさが好きだ。勝利した後にマスクを外した時に見える楓の金色の長い髪は何よりも輝いて見える。  でも、今の関係を変えるつもりはない。今の関係が壊れることが怖いのだ。  告白がもし上手くいったとしても、失敗したとしても、きっと今のままではいられないだろう。そのコスト、この場合にはリスクとパフォーマンスが全く釣り合っていない。  だから、俺は今日も自分の気持ちを必死に隠す。それが今の俺にできる最善の策だ。 「航?」  物思いにふけっていた俺は進の声でハッと立ち上がる。 「ああ、俺と進は立って食べるから、楓はここに座れよ」 「うん、ありがとう」  食事がちょうど終わる頃、雨がパラパラと降り始めた。 「今日、雨降るって言ってなかったよね?」 「はい、傘持っていないです」 「急いで駅に行って、そのまま解散するか」 「うん、それがいい」  その翌日の年初め最初の練習から、急に俺は試合に勝てなくなった。
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