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初めは、ちょっとした不調だと思っていた。だが、日に日に状態は悪くなっていく。
体は重く、剣先が安定しないため、打突が有効面に決まらない。駆け引きはことごとく裏目に出る。俺の強みだったスピード、正確さ、高度な駆け引きの全てが失われている。
俺は完全なスランプに陥っていた。
今まで苦労せずに勝てていたチームメイトに負けが増える。その屈辱は堪え難いものだった。次第に周囲に人を寄せ付けなくなってしまった。
そんな中でも、進と楓と茜はいつも通り接してくれた。むしろ普段通りすぎて違和感があるくらいに。ただ、それが当時の俺にはありがたかった。
「(どうすればこの状態を解消できる?)」
俺は高校の図書館に通い詰め、色んな医学書を読み漁った。湘安高校の図書館は、半径二十五メートルほどの円形の二階建てになっており、参考書や漫画、ライトノベルに至るまで様々な書物が保管されている。
それらにはスランプの解決策として心理的なことから身体的なことまで、多様な解決策が記されていたが、どれも既に試したものばかりだった。結局最後には個人によって解決策は異なる、という記述がある。
その中で一冊、気になる記述を見つけた。
「仲間に相談してみる……、か」
俺は進をスマホで呼び出した。
「悪いな、急に呼び出して」
「いや、構わないよ」
進は図書館の六人用の机の椅子に一人で座っていた俺の正面に座る。俺がどこか緊張していたからか、進も真剣な表情を崩さない。俺は単刀直入に話を切り出した。
「俺のスランプの原因はなんだ?」
進は大きく唾を飲み込む。若干目を泳がした進は、何と答えるか迷っているようだった。
沈黙は十秒以上続いた。そして進はゆっくりと口を開く。
「…………それは僕にも分からない……」
「だよなぁ……」
俺は別に進から答えを期待していたわけではない。自分でも分からないのだから、周りにも分からないに決まっている。
ただ、下を向いたその時の進の表情は、どこか辛そうで、何かに憤っているような不思議なものだった。
「ごめんな、時間取らせちゃって。もう昼休みも終わりだし、教室に戻ろうぜ」
立ち上がって歩き出した俺の目には、後ろから伸ばされかけた進の手が映らなかった。
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