コスパ最強フェンサー

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 そして俺のスランプは解消されないまま、春の大会の団体戦メンバーを決める部内戦が始まった。春の県大会は上位入賞すれば関東大会への出場権が得られる。と言っても、出場できるのは六校中四校。トーナメントで一勝すれば関東大会への出場が決まる。秋の県大会で優勝したうちは間違いなく優勝候補だ。  だから、俺は負けるわけにはいかない。チームメイトにも、他校の選手にも。  最初の試合は修吾とだった。序盤は修吾のペース。俺は緊張から足が動いていなかった。だが、試合中盤になって修吾の攻撃にも慣れてきた俺のリポスト(反撃)が決まり始める。 「キャトル、パール、トゥー(四対四)。プレ、アレ(始め)!」  修吾が攻め込んでくる。だが、これは俺も考えていた展開だ。相手の攻撃を見切り、巻き上げのリポストで決める。修吾が一段と強く地面を蹴った。  ここだ。この攻撃を見切れば俺の勝ちだ。修吾の剣は見えている。あと一歩下がれば俺の間合い。そこで決める。  だが、意図に反して、俺の左足は動かなかった。  大きな電子音が響き、赤色のランプが俺の負けを告げていた。  俺は呆然と立ち尽くした。しかし、こんなところで諦めるわけにはいかない。俺は必死に自分に言い聞かせ、気合いを入れ直す。だが、気合を入れたからといってすぐに体の動きは良くならなかった。次第に焦りからミスが増える。俺は格下だったはずのチームメイトにも負けた。戦績はここまで十一勝三敗。一月からの練習の中ではかなり勝てた方だったのが、余計に腹立たしさを覚える。ただ、俺よりも良い成績だったのが進、修吾、直也だった。進が全勝、修吾が一敗で試合を終えている。  最後の試合、相手は直也だ。直也は今二敗。俺が勝てば並ぶ。だが、十四試合終えた俺の足はまともなパフォーマンスを発揮しなかった。 「サンク、ザ、ゼロ(五対〇)。ラッサンブレ、サリューエ!」  完敗だった。俺は目の前が真っ暗になった。思ったところに決まらない剣先、試合で動かなかった足に対する憤り。そんな理不尽に怒る自分に対する情けなさ。様々な感情が渦巻いて、俺は考えることをやめた。  それでも、俺は心のどこかで進が気を利かせてくれると思っていた。秋の実績があるから、俺を団体メンバーにしてくれるんじゃないかと。だが、進は非情だった。 「今回の部内戦の結果を受け、団体メンバーは上位三人、僕と直也と修吾とする」  ちょっと待てよ。  思わず口から飛び出しそうになった言葉を必死に飲み込む。他の部員にもどよめきが起こっている。楓は残念そうに俯き、茜は信じられないかのように口を押さえている。  ふざけんな。  そうぶつけてやろうと思っていた。だが、俺から出た言葉は、自分でも予想外のものだった。 「いいんだ。俺、足痛めちゃっててさ。個人戦も出場できるか微妙だったんだよ」  その時の進の驚いた顔は忘れられない。きっと、俺の強がりだって分かってたんだろう。楓は切ない表情、茜は今にも泣き出しそうな表情で、俺を見ていた。  俺はその日、何も言わずに三人を置いて一人で先に帰った。 「進! どういうことなの!」  練習後、茜は進を体育館裏に呼び出した。激昂する茜を進がなだめる。 「茜、その声の大きさだと、みんなに聞こえる」 「あ、ごめん……」  冷静さを失っていた茜はここで少し落ち着きを取り戻した。だが、心の中の熱は収まらない。強い口調のまま進を問い詰める。 「今日の試合では航は頑張ってた。今までの経験や成績を考えたら、航を団体メンバーにしてもおかしくないでしょ?」 「ああ、確かに今日は良かった」 「なら、どうして……」 「状態が良くて十一勝四敗の四位では、僕は航を団体メンバーにすることはできない」 「でも……」 「僕の贔屓で団体メンバーを決めることはできないんだ」  ここでようやく茜は進の部長という立場に思いが至り、言葉が詰まる。 「ここまで航がスランプに陥ったのは、僕のせいだ」  茜は無言で目を見開く。 「僕がもっと早くに航に一言強く言っていれば、なんとかなったかもしれない。でも、僕は自分の感情を優先して、何も言えなかった」  茜は何のことを言っているのか理解することができない。 「航が努力したら、全部奪われるんじゃないかって、怖かったんだ。フェンシングも楓も」 「え……? なんでここで楓が……?」 「いや、ごめん。今聞いたことは忘れてくれ」  進はそれ以上何も言わずに去っていった。
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