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翌日、俺は善行駅に来ていた。
「何やってんだよ、俺は」
必死に無視しようと思った。だが、茜の辛そうな顔が頭から離れない。
県大会のいつもの会場の隣、一際大きな体育館で関東大会は行われる。既に出場者は会場に入っており、今駅にほとんど人はいない。
俺は会場までの上り坂と階段をゆっくりと登っていく。春の冷たい風が、今日は一段と強く吹いていた。
「間宮楓マジ可愛いよなぁ」
「試合終わったら一緒に写真撮ってもらいにいこうぜ」
そんな男子高校生らしい適当な会話にも、嫌気がさして心の中で舌打ちをする。
俺はとりあえず茜を探した。ちょうど一回戦のプール戦(総当たり戦)が始まるところだった。
そのプレイスタイルに俺は違和感を覚えた。なんというか、必死だ。少なくとも綺麗なフェンシングじゃない。なんとか足を動かし、剣を出し、打突する。
「ルミーズ(突き残し)、トゥッシュ、ポア!」
でも、なんとかして突こう、なんとなして勝ちたい、というような意思が伝わってくる。
「(なんだよ、それ)」
最終的に茜は一勝二敗だが得失点の関係で辛うじて一回戦を突破した。
「あ~あ」
二回戦で茜は楓と同じプールになった。楓はあっさりと二勝を挙げ、対する茜は簡単に二敗した。そして最後の試合、二人はコードを審判キーに繋ぎ、準備をする。
結局そういう定めなのだ。才能のない者は才能の溢れる者に蹂躙されるだけ。俺はもう帰ろうかと踵を返す。
「お願いします!!!」
茜の大声が会場に響く。俺はつい足を止めた。
「プレ、アレ!」
茜は突貫する。不意を突かれた楓だったが、体制は崩さずにリポストを放つ。それを茜がさらにリポストし返した。
「アタック、パリィ、リポスト、コントルパリィ、リポスト、トゥッシュ、ポア。ユヌ、ザ、ゼロ(一対〇)」
おお~というどよめきが会場を包む。
しかし、その一ポイントで楓にもスイッチが入る。そこから楓が三連続ポイント。だが、茜も必死に食らいつき、楓のミスを誘って二点返す。
だが、三対三の場面で、楓はリーチを生かした突き逃げで得点する。
「キャトル、ザ、トロワ(四対三)」
才能は非情である。身長などはどうしようもない才能だ。
そこからはしばらく試合が硬直する。両者の攻撃は有効面を捉えきれない。
だが、茜ももう限界だ。楓の攻撃を凌ぐために、全力のフットワークを続けている。
「なんであいつあんなに頑張るんだ? もう敗退決まってんだろ?」
「しかも相手は同じ高校の間宮楓じゃんか。あっさり負けてあげて体力を温存させた方がいいだろ」
「馬鹿だよな」
そんな嘲笑が会場の各地で起こっている。それでも茜は足を止めない。残り時間は三十秒。だが、楓に時間切れで勝つつもりは無いように見えた。
「(もう、やめろよ)」
楓の猛攻が茜に襲いかかる。それを茜は必死に防ぐ。
「(もう、いいだろ。お前が努力してきたことは知ってる)」
楓の俊速の剣が茜の右腕の急所を突く。有効面ではないので得点は入らないが、茜は剣を落としうずくまる。
「(努力だけじゃ届かないものってあるだろ)」
だが、茜はすぐに立ち上がる。俺の心を揺さぶられ、右手が震え出す。いつの間にか、俺は観客席の一番前で手すりを強く握っていた。
「プレ、アレ!」
試合に情けはない。楓は攻撃を仕掛ける。そこで茜も前に出た。両者の剣が弾かれ、剣先が空を切る。二人の間合いは接近した。
楓がドゥゼーム(腕引き突き)の構えに入る。茜は一瞬反応が遅れていた。しかし、楓の剣が茜を捉えようとした瞬間、前に出ていた茜の剣が戻ってきた。
剣を立てたパリィ。それは楓の剣を地面に叩きつけ、茜はすぐさま突き返した。
「リポスト、トゥッシュ、ポア。キャトル、パール、トゥー(四対四)」
茜は諦めない。今までの努力を無駄にしないために。
「プレ、アレ!」
両者突撃し、互いの打突が判定される。
「アタック、シュミレターレ(同時判定)!」
二人は定位置に戻り、再び構える。茜は今にも倒れそうで、マスク越しでもその辛い表情が想像できる。
「プレ、アレ!」
再び、両者は突貫する。
「アタック、シュミレターレ!」
決まらない。
「プレ、アレ!」
三度目の攻防。茜は前に出ずに、後ろに引いた。
ダメだ、茜。勝負所では自分の一番得意な技で勝負しないと。茜は攻撃が売りだろ。
だけど、俺はいつの間にか茜を応援してしまっていた。努力じゃ才能に敵わないって証明してほしかったのに。茜の執念が俺の心を揺るがしていた。
「いけ! 茜!!!」
楓の鋭いファンデブーから突き出された剣が、茜に一直線で疾る。
茜の剣は、寸分の淀みもない弧を描いた。
巻き上げからのリポスト。巻き上げに捕まった楓の剣は高く弾き上げられた。
茜は倒れこむように楓の懐に入り込んで、突くのに邪魔になっていた右腕を躱して、下腹を突いた。
茜の努力が楓に届いた瞬間だった。
「リポスト、トゥッシュ、ポア! ラッサンブレ、サリューエ!」
俺の眼には、いつの間にか熱いものが溜まっていた。
「守備は苦手だったはずだろっ……」
涙が溢れ落ちる。しかも、巻き上げのリポストは俺の一番の得意技だ。
「どれだけ練習してきたんだよっ……」
俺は誰にも見つからないように、俯きながらその場を後にした。
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