一章 充実と秘密

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 運動神経抜群、頭脳明晰、更には容姿端麗。だが、そんな才色兼備という言葉がぴったりの俺には秘密がある。それは、ある”超能力”を使えることだ。  『タイムリープ』、直訳すると『時間跳躍』となる。この言葉に厳密な定義は存在しないが、タイムスリップの一種である。だが、タイムトラベルとは異なる。まず、タイムリープは過去にしか行くことはできない。また、タイムトラベルはその体ごと時間を移動することであり、移動したその先の世界では自分が二人いるような状態が考えられるが、タイムリープは自分の意識だけ過去の自分の体に飛ばすようなイメージ。つまり、過去にしか行くことはできないが、未来に行っているとも考えられる。  俺はこのタイムリープの能力者だった。しかも、その使い勝手はかなり良い。  能力を発動する条件は精神を集中させた状態で戻りたい時間を唱えるだけ。回数は無制限だ。俺はこの能力を駆使して今の地位を確立してきた。  試験は相手ではない。試験が始まり、問題を確認した後で試験前の世界に戻る。そして問題の答えや解き方を調べれば良い。理系科目だけはある程度自分で解けなければいけないが。最悪試験終了後に誰かに答えを聞くだけだ。進学校である湘安高校に入学できたのも、この能力があったからだ。  そして、野球に関してはもっと酷い。関東大会出場がかかった県大会準決勝、俺は本当ならばタイムリーヒット十二本、ホームラン三本を打たれている。まさに滅多打ち。しかし、打たれた瞬間に俺はタイムリープを発動して投球の直前に戻る。それから球種とコースを変えて相手を抑えていた。何を投げても打たれる相手にはフォアボールで勝負を避ける。その結果、甲子園の常連である強打のチームを相手に九回無失点という素晴らしい結果を残した。  だが、選手交代などは時間を戻したところで意味がない。俺の球数はゆうに百五十球を超えており、既に采配を決めている監督を説得するのは難しいため渋々従った。俺は自分のバッティングで一点を取ることも考えたが、打撃が苦手な俺が最速百五十キロを超える相手ピッチャーからホームランを打つのは何度繰り返しても無理だ。結果として関東大会出場は叶わなかった。  そんな便利なタイムリープにも欠点はある。それは能力を使った時に心臓に痛みが走ることだ。その痛みは時間に比例して増加する。一時間程度なら何度使っても平気だが、二十四時間が限界だ。それは身をもって経験している。  飛んできたボールから夏樹を守れたのもタイムリープを使ったからだ。本当ならば、彼女の腕にボールが当たり、ただならぬ怪我をしている。もちろん、化学の抜き打ちテストなど造作もない。あらかじめ出題される部分を覚えておくだけだ。  この能力が目覚めたきっかけは、俺の両親は俺が小学四年生の時に離婚したことだ。突然の別れだった。俺は自分に何かできたのではないかと自分を責めた。『時間よ、戻れ』と本気で願った。  その時、俺はタイムリープの能力に目覚めた。そして、過去の世界へと跳躍した。  とは言っても、その時には既に夫婦関係は破綻していた。一日前に戻り、幼い俺がいくら両親を説得したところで、彼らの意思は変わらなかったのが皮肉である。  それから女手一つで育ててくれた母、玲子に、俺は心から感謝をしている。もし、料理や絵、ものづくりなどの才能があれば、すぐにでも働いて母の助けをしたいとも考えている。ただ、俺にそのような能力はなかった。だから、良い大学を出て良い会社に入ることを目標にしている。そのためにタイムリープを使ってでも少しでも良い高校に行く必要があった。  充実した毎日を送っている俺には、そんな誰にも言うことができない秘密がある――。
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