プロローグ

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プロローグ  桜はとうに散り、ジメジメとした暑さが顔を覗かせる四月末。マウンド上の少年は腕で汗を拭った。  場所はかの有名な横浜スタジアム。ここで、高校野球春季神奈川大会の準決勝が行われていた。準決勝ということもあり、両校の応援団総出で必死の応援を続けている。関東大会出場を懸けたその試合は大詰めを迎えていた。  観客席では、各プロ野球チームのスカウトが目を光らせていた。年配のスカウトマンと若い駆け出しのスカウトマンが座ってタブレットを操作している。 「なぜだろうな」 「何がです?」 「球自体は決して凄いわけではない。だが、強打のチームの相模が打てない」 「それは捕手のリードがいいんでしょう。上手く打者のタイミングを外していますし」 「馬鹿、お前そんな観察眼じゃあこれからやっていけないぞ」 「えっ」 「あの投手、ピンチになるとかなりサインに首を振っている。あのリードを引き出しているのはあの投手だ」 「そう言われてみれば……」  若いスカウトマンが再びマウンド上に視線を移すと、やはりその投手は捕手のサインに二度首を振っていた。  決して大柄ではない細身の少年はゆっくりとセットポジションに入り、三塁ランナーを目で牽制。打者に目を向け直し、すっと足を上げて左足を踏み出す。そして、その勢いを余さず腕に伝えながら鋭く腕を振り抜いた。  対する打者も負けじと鋭いスイングを放つ。だがその瞬間、ボールにブレーキが効いた。タイミングを外された打者はなんとかバットに当てるも、打球は力なくサードの前へ。一塁に送球されて無事アウト。大歓声がスタジアムに響き、応援の生徒は大袈裟にも抱き合ったりしている。  だが、チームメイトが喜びをあらわにする中、その投手は冷静にベンチへと駆けるだけだ。そしてバックスクリーンへ振り返ると、一回から九回まで両チームゼロが並んだスコアボードを忌々しそうに見つめていた。
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