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四章 未来と誓い
四章 未来と誓い
車が空間を切り裂き、びゅうと体を浮かせるような風が吹いた。砂煙が立ち上がり、俺は目元を腕で覆った。そして再び前を向いた時、目からほろりと雫が溢れた。
「えっ?」
その瞬間に、俺は走り出していた。
長い夢を見ていたような気がする。だが、それも正確には思い出せない。
それでも脳が、体が、全身の細胞が、「走れ」と強く命令している。
走れ。
全速力で住宅地を駆け抜ける。息が苦しい。夕日に照らされる体が熱い。
気が付いた時、湘安高校の正門の前に立っていた。
肩で息をしながら、湘安高校の名物である四十メートルほどの坂の頂上を見つめる。その先には、俺と同様に肩を上下させる一つの人影がある。
背負っていた鞄を横に投げ捨てて走り出す。汗で背中に引っ付いたワイシャツがふわりと風に揺れる。視線の先の影も走って近づいてくる。紺色の制服のスカートが激しく揺れる。
「愛香!」
「翔!」
勢いを緩めることなく、二人は坂の中心で抱擁した。訳も分からないまま目からは大粒の涙が溢れ出し、自身の頬を、そして相手の背中を濡らした。
「ごめんね! 私、翔に隠してたことがあったの!」
「分かってる。俺も同じだから」
俺は愛香の頭をそっと撫でる。それから愛香が落ち着くまで、俺はずっと抱きしめ続けた。
周りの視線が心地よく痛かった。
しばらくしてから、俺らは坂の上からグラウンドに降りる階段に腰をかけ、事の顛末の話を始めた。
だが、二人の記憶はかなり曖昧なものだった。
「神社に行ったら、翔が急に胸を押さえて苦しみ始めて。それからすぐに心臓が止まっちゃったから、私がタイムリープを使って今に戻ってきたの。やっぱりあれはタイムリープの副作用だったんだね」
「愛香に何かがあったんだろうな。だから、俺はタイムリープで神社に戻った。でも多分無理をしてて、そこで死んだ。でも、愛香がタイムリープをしてくれたから、今に戻って来られた」
つまり、今に戻るために二人のタイムリープを使ってしまった事で、互いの記憶が消され合ってしまっているということか。
だが、完全に記憶がないわけではなかった。俺は愛香が黒ずくめの正体だということも、タイムリープを使えるということにも驚かなかった。愛香はひどく動揺していたが。
そして、今に戻る前の後悔や懺悔の痛みもまだ俺の胸のどこかに住み着いている。
「俺、一つ決めたことがあるんだ」
「なに?」
「もうタイムリープは使わない」
失敗も、後悔も、絶望も、全部受け止めて生きていく。そして、
「今を生きていこうと思うんだ」
愛香は一瞬驚いた表情を見せたが、その後でふっと微笑んだ。
「私も同じこと考えてた」
夕日が二人の顔を照らす。徐々に太陽は地平線に隠れていく。
言葉にしなくても伝わることがある。……そんなのまやかしだろ?
「愛香、好きだ」
ちゃんと言葉にしないと、その本気の想いは絶対に伝わらないんだ。
再び、愛香の眼から透明な雫が落ちた。
「私も、好き」
ゆっくりと二人の顔が近づいていく。一度止まって照れ臭そうに視線を外した後で、もう一度近づいていく。
二人の唇がそっと触れた。
その時、薄い紺色の空には、満天の星が姿を見せ始めていた。
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