うつり木 4

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うつり木 4

その晩はワイパーをフルにしても視界が悪い程の大雨だった。 宅配便の大沢は時計を気にしながら最後の配達に向かっていた。 「あの交差点を通るのか、嫌だなあ」 思わず独り言が口をついて出ていた。 大沢は幼い時に川で溺れかけ、その時に何者かに足を掴まれた、その生々しい感触は今でも覚えている。一緒に遊んでいた仲間は一笑に伏した。気のせいだとか、藻に絡まったとかそんなことを言われたのを思い出していた。 大沢が赤信号から青信号に変わり左右を確認して車を発進させた時に彼の体は宙を舞った。意味が分からなく、衝撃より先に強く死を意識した。あろうことか大型のトラックが信号を無視して左側面から突っ込んできたのだ。窓ガラスを突き破りアスファルトに叩きつけられる瞬間、体とアスファルトの間に空気の膜ができフワリと落ちた。 「好きにはさせない、もう無駄に命を殺めることは」 あの老人が傘も挿さずに手に黒い珠数を握りしめ鋭い視線で「木」に対し手を突き出していた。その時近くに人がいれば見えたのだろうか、無数に木に浮かび上がる顔、顔、顔。 その異形の姿を。
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