うつり木 16

1/1

63人が本棚に入れています
本棚に追加
/170ページ

うつり木 16

佐藤は何時も以上に慎重に社用車を運転した。あそこには近付いてはいけない、本能が言っている。野口はのんびりとした口調で「何とか上手く言い訳をしてこの工事は中止しような」 次の瞬間フワッと体が宙に浮く感覚。何が起こったのか視界に高層ビルの頭が見えた。 「ドーン」凄まじい衝撃、飛び散るフロントガラス、助手席からの悲鳴、遠くなる意識の中で理解した。人が計り知れない力が働いて「木」を切り倒すのを邪魔している。「邪・魔」その漢字二文字が佐藤の最期の記憶になった。 辺りは騒然としていた。たまたま後続車や対向車が離れていたので他の車や通行人に怪我をする人はいなかった。現場検証している警察は首を捻り「こんな不幸な事故現場初めてだ」そう言いながら工事中のビルの切れたワイヤーを見上げた。鉄骨3本がウィンチで引き上げられてる途中でワイヤーが切れ真下に落下したのだ。工事関係者は警察の現場検証に今朝ワイヤーを確認した事、ねじれや劣化等は確認できなかったと説明していた。 落下した鉄骨の一本が道路で跳ね返りまるで意思を持ったかの様に佐藤の運転する車の後部に激突した。その重さで車は宙で一回転してアスファルトに叩きつけられた。 遺体は無残にも2つに切り裂かれていた。 道路には内蔵が飛び散り、野口か佐藤の物だろう上半身がガードレールに張り付いていた。消防や救急が駆けつけるが、皆現場の惨状を目の当たりにして肩を落としている。 「あれ」間の抜けた顔で消防士が信号機を指差した。そこには目を見開いた佐藤の首がぶら下がっていた。
/170ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加