うつり木 22 初対面

1/1

63人が本棚に入れています
本棚に追加
/170ページ

うつり木 22 初対面

「おっき〜い」 人目もはばからず沙織は昼間の住宅街で声を出した。古い日本家屋、表札に「水川」の文字。「初めてですよね、水川さんに会うのは」ポカンと間の抜けた顔で玄関口を見ていた沙織は我に帰る。慌てて「はい」と答えた。呼び鈴を押すと「ガラガラ」と木戸を開ける音、次に下駄の「カランカラン」と乾いた音。目の前に現れた老人に沙織は意を突かれた。想像していたより遥かに痩せて小さい、だが眼光は異様に鋭い。2人の顔を交互に見て渋面が破顔する。「よく来た、さあ上がりなさい、外は暑かろう」この声、そうだ音質は違うが悟の声と似てるなと沙織は思った。人を安心させる声。 古い家屋だが、柱の立派さから建築の知識がない彼女にもその価値は何となく分かった。 畳の広い居間に案内され、座布団に緊張して座っていると暫くして水川が氷の入ったグラスを3つと羊羹を3切れ持って現れた。 「お気遣いなく」深々と悟が頭を下げる。 つられて沙織も頭を下げた。 「久しぶりだね悟君。あの傀儡の一件からだいぶ日が経つからね」 「傀儡」その単語にびくりと沙織は反応した。それから水川は静かな口調で語り始めた。悟の父親は自分にとって弟子でもあり、可愛い息子の様な存在だったこと。未だ幼い悟との出会い。黒川家に降りかかった不幸。 そして気が付けば、悟の師匠になっていたこと。他人からすれば荒唐無稽な話に聞こえるが、この3人の中では全てが腑に落ちる。 突然水川は沙織の方を向いて「土の力があるね」と言った。初めは意味が分からなかったが水川の説明によると祓う力にも色があり、自分は水、悟は風、そして沙織は土なのだと話してくれた。それがとても重要な意味を持つのだと後になって分かるのだけど。
/170ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加