うつり木31 去る者、残る意思

1/1
前へ
/173ページ
次へ

うつり木31 去る者、残る意思

水川は「悟、沙織、時間がない。良いか良く聞け。これから起こることは君達継ぐ世代に覚えていて欲しい」 言うが早いか、水川はポケットから土器の欠片を取り出した。異様な妖気、それだけで悟には分かった。「ヤツだ」父を死に追いやった呪物。それを水川は自らの左手に突き刺した。思わず沙織が「いや」と短い悲鳴を上げた。そのまま老人とは思えないスピードで水川は結界を越え「さ ち」に右手の拳を突き出し突進した。悟は見た、何本もの根が水川を突き刺そうとするが全て弾かれる。 「邪には邪を、怨には怨を、この呪いで己が命と共にお前を封印する」 あろうことか、硬い幹に自らの拳が突き刺さる。次の瞬間地面が大きく揺れ亀裂が入る。 「ぎゃーーーーーー」あまりにも恐ろしい叫び声に耳を塞ぎたくなる。だが一つも、そう一つも逃してはいけない。この戦いの経緯を。 亀裂からおびただしい赤黒い異臭のする液体が流れ出す。 「絶、滅、印」 水川の念を込めた声が夜空を揺るがす。 そして、悟に、沙織にはっきりと聞こえた。 「後を繋ぐ者らよ…生きよ、守れ、己が命と己が使命を」 幹が枯れていく、水川の体を取り込みながら、悟が、沙織が助けようと近付くと二人とも弾かれた。結界、いや命を守る壁に。 ズブリズブリと幹が地面に沈んでいく、最後に水川の顔がゆっくりと二人を見た。その顔には驚くことに満面の笑顔が広がっていた。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加