隙間

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隙間

明彦は隙間が苦手だった。特にダメなのが、カーテンの隙間。あるはずがないのに、そこから何かが覗いている気がするのだ。 だから彼のマンションの窓は全てブラインドにしていた。ピッタリと閉まるし、何故か安心する。幼少期に何かを見たのだろうか? たまに考えるが、特にこれといって思い当たる節もない。その日は梅雨に入り、久しぶりに本格的に降りの強い日だった。 「たく、美由紀と映画観に行こうと思ったけど、こりゃ中止だな」悪態をつきながら、缶ビールのプルタブを開ける。ゴクリと一口飲んで、何か違和感を感じた。口の中で何かが引っかかる。器用に舌を使い、外へと出した。手の平に乗せると、髪の毛だった。しかも長くて少し茶色い。「うわぁ、最悪だな、メーカーに文句言って、新しいビール1ダース送らせるか」そう言いながら、残りのビールを流しに捨てる。ゾワッと背筋が寒くなる。髪の毛は1本ではなく、数本はあった。「何だこれ、気持ちわりい」その時だ、雨音に混じり、2階にあるマンションの階段をカツカツと上がる靴音がした。「あれ?美由紀には電話してないしなぁ?」でも少し期待する。彼女がこの雨の中会いに来てくれたのではないかと。明彦の部屋の前で靴音が止まる。間違いない、美由紀だ…不用心に玄関の覗き窓も確認せずに鍵を開けた。「あれ?」そこには誰も立っていなかった。「かしいなぁ、てっきり彼女かと思ったのに、空耳かぁ」玄関を閉める。部屋に戻ろうとした素足の足に、冷たい感触が伝わる。えっ?足元を見ると、部屋の中まで泥混じりの足跡が続いていた。「うわー」悲鳴を上げた。その時だ、隙間に視線が釘付けになる。あるはずのない隙間に。しっかりとブラインドは閉めた。けれど、微妙に隙間がある。ゾクリ、背筋が寒くなる。 「来たよぁ」耳元で声がした。「ひー」今度は尻餅をついた。クルクルとまるで意思を持つかの様に、ブラインドが開いていく。明彦は目を閉じた。本能が見るなと警告する。どの位たっただろう、何も起こらない。恐怖と好奇心から恐る恐る目を開ける。ゆっくりと… その瞬間、明彦は気絶していた。 開いたブラインドから覗く、無数の目と、窓硝子にびっしりと張り付いた髪の毛を最期の光景として脳に焼き付けながら。
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